ホセ・オラシオ・バスアルド(José Horacio Basualdo、1963年6月20日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州カンパーナ(スペイン語版)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィルダー、アルゼンチン代表であった。
選手経歴
クラブ
アルゼンチンのボカ・ジュニアーズやベレス・サルスフィエルドでプレー、2シーズンの間はドイツに渡りVfBシュトゥットガルトでもプレーした[2]。
ベレスでは1993年のリーグ優勝、1994年にコパ・リベルタドーレス、トヨタカップの優勝に貢献。ボカでもベレス時代のカルロス・ビアンチ監督の下、3回のリーグ優勝や2000年のコパリベルタドーレスカップ、トヨタカップの優勝に貢献した[3]。
代表
1989年に代表デビューを果たし、1990年のイタリアワールドカップ、1994年のアメリカワールドカップでプレー、1990年大会では全試合に出場、試合ごとに異なる役割を担った[4]。1994年大会では決勝トーナメント1回戦のルーマニア戦に出場した。1991年、1993年のコパ・アメリカでは優勝を経験。
1989年から1995年までアルゼンチン代表として31試合に出場した[5][6]。
人物
主に右サイドの中盤でプレーし、読みに優れ、攻守の起点となる役割を果たした[7]。少し日本人に似た顔立ちであったことから、スペイン語で日本人を意味するエル・ハポネスというニックネームもあった[8]。
脚注
外部リンク