シモン・マグスの生涯は、多くの面でクリストファー・マーロウやヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのファウスト伝説に影響を与えた。ハンス・ヨナスによると、「マーロウとゲーテの戯曲のファンのうち、その主人公がグノーシス主義者の子孫であること、彼の術により呼び出された美女ヘレンがかつての堕落した神の思考で、人類により救済されるべき存在だったこと、に薄々気づいている人はほとんどいない」[2] のだという。ファウストの物語は、13世紀に『聖母奇跡物語 ("Les Miracles de la Sainte Vierge")』の筆者ゴーチエ・ド・コアンシ (Gautier de Coincy) が書いたテオフィラス伝説に多く類似点を持つ。つまり、徳高い人物が地獄の支配者と取引するが、聖母マリアの慈悲をうけ、社会への責務をはたすことで救われる[3]。彼が悪魔に服従する場面の描写はノートルダム大聖堂の北側のティンパヌムに再現されている[4]。
ファウスト伝説の資料として活字化されている最初のものは、Historia von D. Johann Fausten(1587年出版)というタイトルのチャップ・ブックである。この本は、16世紀を通して再編集・借用され、その時期の似た本は以下のものがある。
Das Wagnerbuch (1593)
Das Widmann'sche Faustbuch (1599)
Dr. Fausts großer und gewaltiger Höllenzwang(フランクフルト 1609)
Dr. Johannes Faust, Magia naturalis et innaturalis(パッサウ 1612)
Das Pfitzer'sche Faustbuch (1674)
Dr. Fausts großer und gewaltiger Meergeist(アムステルダム 1692)
Das Wagnerbuch (1714)
Faustbuch des Christlich Meynenden (1725)
1725年のチャップ・ブックはひろく普及し、ゲーテ少年にも読まれた。
男と悪魔の契約について同種の本には、戯曲Mariken van Nieumeghen(オランダ、16世紀初頭、著者不明)や、Cenodoxus(ドイツ、17世紀初頭、Jacob Bidermann)、『キャスリーン伯爵夫人』(The Countess Cathleen, 起源の不明瞭なアイルランドの伝説、フランスの戯曲Les marchands d'âmesを基にしているとも考えられている)などがある。
伝説と結びつけられた土地
ドイツの南西端の都市、シュタウフェン (Staufen) は1540年にファウストが死んだ土地である、と主張している。とある建物の描写が見える、などの理由からである。この伝承に対する歴史的資料は、ファウストが死んだとされる年の25年後、1565年前後に書かれたChronik der Grafen von Zimmernにおける描写だけである。この記録は一般的に信頼できると考えられており、16世紀にはシュタウフェン卿と隣接するドナウエッシンゲンのジマーン伯爵との親しいつながりが残っていた。[9]
クリストファー・マーロウのオリジナル版では、ファウストが学んだヴィッテンベルクはウェルテンベルク(独:Wertenberge)として書かれている。彼が話の舞台としているその場所は、ヴュルテンベルク(独:Württemberg)公国だと主張している学者もいれば、マーロウ自身の住んだケンブリッジを暗示していると主張している学者もいる (Gill, 2008, p. 5)。ヴィッテンベルクの所在地として最も支持を集めるに足るであろう説はヴュルテンベルク公国の歴史的首都で、現在のシュトゥットガルトである。
文学
マーロウの『フォースタス博士』
初期のファウストのチャップブックは、ドイツ北部で普及し、イングランドへ渡った。そこで、1592年にP.F.ゲントなる人物によるThe Historie of the Damnable Life, and Deserved Death of Doctor Iohn Faustusという英訳版が出版された。クリストファー・マーロウはより野心的な戯曲『フォースタス博士』(1604年出版)の基としてこの作品を用いた。マーロウは同時にジョン・フォックスの『殉教者列伝 ("Book of Martyrs")』からも、教皇ハドリアヌス6世と対抗者とのやり取りを借用した。
この物語は人生の本質をもとめたファウストの運命に焦点を当てている。("was die Welt im Innersten zusammenhält").自らの知識、力、人生の喜びに限界があることに気付いて挫折していた彼は、メフィストフェレスを代理とする悪魔の誘惑に惹きつけられた。ファウストが将来にひどく無気力になっていることを知った悪魔はファウストが自身の人生に満足できるかどうか賭けをした。ファウストは幸福の絶頂が訪れることは決してないと信じていた。この点はゲーテのものとマーロウのものとの重要な違いである。つまり、ファウストは賭けを提案する人物でない、ということだ。
セーレン・キェルケゴール(Søren Kierkegaard)著『あれか、これか (’’Either/Or’’)』, Immediate Stages of the Erotic
ファウストの話はミハイル・ブルガーコフのもっとも有名な小説『巨匠とマルガリータ ("The Master and Margarita")』(1928-1940) の基ともなった。マルガリータはグレートヒェンを、巨匠はファウストを基にしている。ほかにヴォランド(メフィストフェレスを想起させる)や、ミハイル・アレクサンドロビッチ・ベルリオーズ(文芸家協会マスソリトの会長)などの登場人物がいる。
スティーブン・ヴィンセント・ベネット (Stephen Vincent Benét) の短編「悪魔の金 ("The Devil and Daniel Webster")」(1937年出版)はワシントン・アーヴィング著の短編「悪魔とトム・ウォーカー」によるファウスト伝説を再構成した。ベネット版の物語は、ニューハンプシャーの農作人ジャベス・ストーンを中心としている。彼は終わりない不運に苦しんでおり、スクラッチ氏と名乗る悪魔の接触を受ける。その悪魔は、魂と引き換えに彼に七年間の繁栄を提案する。最後には、実在の有名な法律家であり雄弁家であるダニエル・ウェブスターが小説に登場し、地獄行きを決める裁判官と陪審員たちの前でジャベス・ストーンを守ったので、彼は訴訟に勝利した。
その他
『ファウスト("Faust")』 (1866) - エスタニスラオ・デル・キャンポー (Estanislao del Campo) 著
『ファウストゥス博士の死("The Death of Doctor Faustus")』(1925) - ミシェル・デ・ゲルドロード (Michel de Ghelderode) 著
^Meggs, Philip B.; Purvis, Alston W. (2006). Meggs' History of Graphic Design, Fourth Edition. Hoboken, NJ: John Wiley & Sons, Inc.. p. 73. ISBN0-471-69902-0
^Jensen, Eric (Autumn 1982). “Liszt, Nerval, and "Faust"”. 19th-Century Music (University of California Press) 6 (2): 153. doi:10.2307/746273.
^Baron, Frank (1978). Doctor Faustus, from History to Legend. Wilhelm Fink Verlag
^Ruickbie, Leo (2009). Faustus: The Life and Times of a Renaissance Magician. The History Press. ISBN978-0-7509-5090-9
^Geiges, Leif (1981). Faust's Tod in Staufen: Sage – Dokumente. Freiburg im Breisgau: Kehrer Verlag KG
^Goethe, Faust, Part Two, lines 12101-12110, translation: David Luke, Oxford World Classics, ISBN 9780199536207.
Doctor Faustus by Christopher Marlowe, edited and with an introduction by Sylvan Barnet. Signet Classics, 1969.
J. Scheible, Das Kloster (1840s).
参考
The Faustian Century: German Literature and Culture in the Age of Luther and Faustus. Ed. J. M. van der Laan and Andrew Weeks. Camden House, 2013. ISBN 978-1571135520
A philosophical interpretation: Seung, T.K.. Cultural Thematics: The Formation of the Faustian Ethos. Yale University Press. 1976. ISBN 978-0300019186