チューボ・ランシボリ(Teuvo Pentti "Tepi" Länsivuori、1945年12月9日 - )は、フィンランドのイーサルミ出身の元オートバイレーサー。ロードレース世界選手権などで活躍したライダーである。
略歴
1969年にヤマハの市販レーサーTD-2でグランプリにデビューした[1]。ベストシーズンは1973年で、この年は350ccクラスで3勝を挙げ、250ccクラスでも2勝を挙げて両クラスでランキング2位を獲得。この活躍が認められ、翌1974年には前年に事故死した同郷のヤーノ・サーリネンの跡を継ぐ形でヤマハワークス入りし、デビュー2年目のYZRでヤマハのエースライダーである元チャンピオンのジャコモ・アゴスチーニを凌ぐ500ccクラスランキング3位を獲得した[2]。1975年からはスズキに移籍し、1976年にはチームメイトのバリー・シーンに次ぐランキング2位となった[3]。
ロードレース世界選手権での戦績
1969年から1987年までのポイントシステム
順位
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1
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2
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3
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4
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5
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6
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7
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8
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9
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10
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ポイント
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15
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12
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10
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8
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6
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5
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4
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3
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2
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1
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- 凡例
- ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
脚注
外部リンク