ヘンリー・ジョージ
黄色と緑の盾に似ていることから、ジョージ主義者がオンラインで使用する初心運転者標識 絵文字[ 1]
ジョージ主義 (英語 : Georgism )とは、アメリカ の政治経済学 者ヘンリー・ジョージ (1839年 - 1897年 )に因んで名づけられた経済学 及び哲学 説の一。土地利潤分配を柱とする思想であることから、地公主義 (英語 :Geoism (ジオイズム))とも。
私的所有 の概念 をベースにしながらも、自然物 わけても土地に限っては人類 全体の共有財産 とする点に特徴がある。地価に対する単一税 (土地単税)の賦課で名高く、同説の支持者は地価税 が経済 における効率性や公平性を達成する上で優れており、導入された暁には、効率性や公平性を欠く他の税 を減らせる(又は無くせる)ほど十分な税収を確保できると述べている[ 2] 。
概要
ヘンリー・ジョージは、地代 を私的に所有するよりも社会 全体に等しく分配すべきとの主張で最も知られており、こうした彼の見解を十全に示したものが自著『進歩と貧困 (英語版 ) 』である[ 3] 。ただ、地代の社会的共有を実行に移すとすれば、一旦土地 を国有化 した上で賃貸しすることが考えられるが、ジョージは土地所有権が既に個々人の手に委ねられている国 においては混乱を招き兼ねないとして地価税を好んだ。この地価税という「単一税」からの収入 があれば、国富の増大のほか年金 なりベーシック・インカム として国民 への富の再分配 が図られ、国富が増大すればやがては如何なる形態の税をも廃絶しうると説いた。なお、高率の地価税が導入されると、それに呼応して地価 が下落する恐れがあるものの、ジョージは土地所有者への補償を視野に入れておらず、嘗ての奴隷 所有者と同様の対応をとることを主張した。
ジョージズムの支持者は、天然資源 から得られる所得 (即ち不労所得 )や自然独占 からの法外な報酬は、特定の個人よりは寧ろ共同体 のものとすべきで、地価税以外の税や経済的規制を課してはならないとも主張した。実際、他のあらゆる税を廃止しようとすれば、当然のことながら高率の地価税を設定しなければならず、地価も下落を余儀なくされる。こうした点について、アダム・スミス は自著『国富論 』の中で、地代に変化は無いだろうとして、次のように述べている。
敷地地代は、家賃よりも、さらにいっそう適切な課税対象である。敷地地代に税をかけても、家賃が高くなることはないであろう。それは、全額敷地地代の受取主-かれは、いつも一個の独占者として振舞い、自分の敷地を使わせる代りに取れるかぎりの高い地代を取り立てるものだ-にかかるだろう。敷地を使わせる代りに取れるものが多いか少ないかは、競争者たちがたまたま富んでいるか貧しいか、つまり、かれらが、ある特定の地面にたいする、気まぐれな好みを満足させるために出せる費用が大きいか小さいか、によるのである。どこの国でも、金持の競争者の最大多数は首都に住んでおり、そこはつねに敷地地代の最高を示している。 敷地地代に税がかかるからといって、どう考えても、これらの競争者の富がふえるわけはないのだから、かれらが、敷地を使うためにもっと支払おうという気になることは、おそらくあるまい。この税が居住者にとって前払されるべきか、敷地の所有者によって前払いされるべきかは、たいして重要な問題ではなかろう。居住者が支払わざるをえないこの税が多ければ多いほど、かれは敷地にたいしては、それだけ少ししか支払おうとしないのであり、そこれ、この税の終局的な支払は、すべて敷地地代の受取主の負担になるだろうからである。
— アダム・スミス、大河内一男 監訳『国富論Ⅳ』中央公論新社 、2010年 1月 、p.154-155
主流派経済学の理論 では、地価税が他の税とは異なり極端に効率が良く、生産性 を損ねるものでもないとされ[ 2] 、1976年 にノーベル経済学賞 を受賞したミルトン・フリードマン も、ジョージの掲げる地価税が経済に対する過度の負担(つまり「死荷重」)を生むことがないとしている。また、他のより不公正な税を地価税に置き換えることで経済厚生の改善が図られ[ 4] 、同税が富 に係るものである以上、格差 是正にも役立つとの指摘がある。
現代の環境主義 者も地球 を人類の共有財産とする立場から、環境税 を支持するものが少なからずおり、公害 などを防ぐ手立てとして地価税に賛意を示すこともある。
影響
ジョージズムが高い知名度を誇るようになると、発祥の地アメリカ で、この原理に基づき数箇所の自治体 が誕生した。現存する自治体としては、1900年 にジョージ・フランシス・スティーブンス やウィル・プライス が資金提供を行ったデラウェア州 アーデン や、フェアホープ単一税株式会社[ 5] の支援を得て設立されたアラバマ州 フェアホープ がある[ 6] 。また、2004年の同国大統領選挙 期間中、ラルフ・ネーダー が演説の中でジョージに言及した[ 7] ほか、ジョージ並びに地価税関連の研究所 [ 8] や月刊誌 [ 9] が存在するなど、現在でも関心は高い。
中国 におけるドイツ の膠州湾租借地 [ 10] でも、領内で徴収した6%の地価税を唯一の収入源とするジョージズム的政策 が採られた。当時のドイツ政府はアフリカ植民地 で土地投機 に起因する経済的問題を抱えており、同租借地で地価税を用いるに至ったのも、こうした投機熱を緩和する狙いがあったが、政府の目論見は見事成った[ 11] 。
イギリス においては1909年 、時の自由党 政府が富の再配分を目的として、所得税 の累進課税 や相続税 の引き上げとともに、土地税の導入を盛り込んだ所謂人民予算を策定。しかし、貴族院 の反発強く、土地税の導入は見送られた。この他オーストラリア や香港 、シンガポール や南アフリカ共和国 などでも、今なお何らかの形で地価税が存在する[ 12] 。
デンマーク ではジョージズムを標榜するデンマーク正義党 (英語版 ) がかつて議会 に議席を有しており、1957年 から1960年 までの中道左派 政権において与党 であったのみならず、1978年 から翌年 にかけては欧州議会 にも進出していた。
批判
ジョージやカール・マルクス は何れも労働者 の権利 を擁護していたものの、地価税についての見解は対照的であった。マルクスは単一税を共産主義 への移行には不十分と捉え、「地代を国家に支払えば万事が上手くいく」とするジョージの方法論を批判[ 13] 、一方ジョージもマルクスの考えを専制 に繋がるとして論駁を行った[ 14] 。
また、ジョージが生きていた時代に支配的であった小さな政府 においては、単一税でも十分賄えたであろうが、政府支出が多岐にわたると地価税のみでは不十分との批判がある。中には、地代に関する説自体が貧困 や不正 の温床となったとしてジョージを槍玉に挙げるケースも少なくない[ 15] 。
ジョージズムの影響を受けた著名人
関連項目
脚注
^ Dougherty, Conor (2023年11月12日). “The 'Georgists' Are Out There, and They Want to Tax Your Land” . The New York Times . https://www.nytimes.com/2023/11/12/business/georgism-land-tax-housing.html
^ a b Land Value Taxation: An Applied Analysis, William J. McCluskey, Riël C. D. Franzsen
^ George, Henry (1879). “2” . Progress and Poverty: An Inquiry into the Cause of Industrial Depressions and of Increase of Want with Increase of Wealth . VI . http://www.econlib.org/library/YPDBooks/George/grgPP26.html 2008年5月12日 閲覧。
^ Foldvary, Fred E. "Geo-Rent: A Plea to Public Economists". Econ Journal Watch (April 2005)[1]
^ Fairhope Single Tax Corporation
^ ただし、アメリカ国内でも固定資産税 を主たる収入源とする自治体は多いものの、同税が建築物の価値をも含むため厳密な意味で「ジョージズム的」とは言えないことに注意
^ a b https://web.archive.org/web/20040828085138/http://www.votenader.org/issues/index.php?cid=7
^ http://www.lincolninst.edu/aboutlincoln/
^ The American Journal of Economics and Sociology , vol. 62, 2003, p. 615
^ 1898年 から1914年 までドイツ領、その後日本 の占領を経て、1922年 には中国へ返還された
^ Silagi, Michael and Faulkner, Susan N., , Land Reform in Kiaochow, China: From 1898 to 1914 the Menace of Disastrous Land Speculation was Averted by Taxation , American Journal of Economics and Sociology, volume 43, Issue 2, pages 167-177
^ Gaffney, M. Mason. “Henry George 100 Years Later ”. Association for Georgist Studies Board. 2008年5月12日 閲覧。
^ Karl Marx - Letter to Friedrich Adolph Sorge in Hoboken
^ Henry George's Thought [1878822810] - $49.95 : Zen Cart!, The Art of E-commerce
^ Critics of Henry George
^ Muse return with new album The Resistance
^ Transcript of a speech by Darrow on taxation
^ Transcript of 1942 interview
^ Co-founder of the Henry George Club Archived 2012年5月25日, at Archive.is , Australia.
^ Arcas Cubero, Fernando: El movimiento georgista y los orígenes del Andalucismo : análisis del periódico "El impuesto único" (1911-1923) . Málaga : Editorial Confederación Española de Cajas de Ahorros, 1980. ISBN 8450037840
^ Justice for Mumia Abu-Jamal Archived 2007年8月6日, at the Wayback Machine .
^ .Article on Tolstoy, Proudhon and George . Count Tolstoy once said of George, "People do not argue with the teaching of George, they simply do not know it ".
^ Bill Vickrey - In Memoriam
外部リンク