ジョン・ホランド・カザール(John Holland Cazale、1935年8月12日 – 1978年3月12日)は、アメリカの俳優。
経歴
生い立ち
マサチューセッツ州リビアに生まれた[1]。父親はイタリア系アメリカ人、母親はアイルランド系のアメリカ人だった。高校はボクストン・スクール。東部の名門であるオバーリン大学とボストン大学で演劇を学び、同校を卒業した。10代の頃には後に『ゴッドファーザー』などで共演することになるアル・パチーノと親交を深めた
。
スターに
イスラエル・ホロヴィッツ(en:Israel Horovitz)の『The Indian Wants the Bronx』にアル・パチーノと共演した。同作品で、1967-1968年シーズンのオフ・ブロードウェイのオビー賞を受賞した。ホロヴィッツの『Line』での演技が映画プロデューサーのフレッド・ルース(en:Fred Roos)の目に止まり、ルースがフランシス・フォード・コッポラに推薦したことにより映画出演の足がかりをつかむ。
1972年、『ゴッドファーザー』で映画デビュー。フレド・コルレオーネ役で出演した。映画は興行、批評の双方で大きな成功をおさめ、友人のアル・パチーノ等と共に無名俳優から一躍スターダムにのし上がった。
1974年4月、コッポラが監督した『カンバセーション…盗聴…』に出演。同年12月、『ゴッドファーザー PART II』に出演。
1975年、『狼たちの午後』で再びパチーノと共演し、こちらでも自身がゴールデングローブ賞にノミネートされるなど成功を収めた。
1976年、ニューヨーク・シェイクスピア・フェスティバルで上演された舞台『尺には尺を』にメリル・ストリープと共演[2]。これがきっかけでストリープとの交流が生まれ、彼女との関係はカザールが1978年に没するまで続いた[3]。
死去
映画『ディア・ハンター』(1978年12月公開)の制作が始まっていた時には彼は既に肺癌の診断を受けていた。病気を知らされた制作者のユニバーサル・スタジオは彼の出演に難色を示したが、カザールの精力的な姿勢を尊重した監督のマイケル・チミノや共演のロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリープらの尽力により制作は続行された。映画制作時にカザールとストリープは婚約している。
その後、治療もむなしく癌は骨にも転移。撮影終了後の1978年3月12日、封切りを待つことなく死去した。42歳没。
備考
出演作品
テレビ
放映年 |
邦題 原題 |
役名 |
備考
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1968 |
ニューヨーク警察 N.Y.P.D. |
トム・アンドリュース |
シーズン2 第8話 "The Peep Freak"
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1977 |
ゴッドファーザー テレビ完全版 The Godfather: A Novel for Television |
フレド・コルレオーネ |
映画『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPARTII』2作のテレビ放映用再編集版。
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受賞歴
- ノミネート
- 1976年 助演男優賞:『狼たちの午後』
脚注
- ^ Piccalo, Gina (2010-05-31), John Cazale, A Godfather of Acting, The Daily Beast, http://www.thedailybeast.com/articles/2010/05/31/john-cazale-a-godfather-of-acting.html 2012年1月22日閲覧。
- ^ Foote, Timothy, "License in the Park," Time, 23 August 1976, page 57
- ^ Longworth, Karina (2013). Meryl Streep: Anatomy of an Actor. Phaidon Press. ISBN 978-0-7148-6669-7. https://books.google.co.jp/books?id=dJv1mwEACAAJ&redir_esc=y&hl=ja , p. 10.
外部リンク