ジョシュ・コスチェック(Josh Koscheck、1977年11月30日 - )は、アメリカ合衆国の男性元総合格闘家。ペンシルベニア州ウェインズバーグ出身。デスローン・ベースキャンプ所属。
リアリティ番組「The Ultimate Fighter」シーズン1出身の選手である。
来歴
5歳頃にレスリングを始め、エディンボロ大学ではNCAAディビジョン1の174ポンド級で2000年に準優勝、2001年に王者となった[1][2]。オールアメリカンには4度選出された。
アメリカン・キックボクシング・アカデミーの指導員であったボブ・クックに誘われ、総合格闘技を始めた。
2005年1月、リアリティ番組「The Ultimate Fighter」シーズン1に参加。ミドル級トーナメントに残るも、初戦でディエゴ・サンチェスに敗れる。問題児であり、クリス・リーベンに水を掛けたりしていた。UFCデビュー戦となる4月9日のフィナーレでは、クリストファー・サンフォードにKO勝ち。
その後しばらくはUFC Fight Nightを主戦場とし、ドリュー・フィケットに敗れるものの、ピート・スプラット、アンサー・チャランゴフ、デイブ・メネー、ジョナサン・グレ、ジェフ・ジョスリンらを破り、層の厚いUFCウェルター級でその実力を発揮した。
2007年4月7日、UFC 69でディエゴ・サンチェスを3-0の判定で降し、リベンジに成功した。
2007年8月25日、UFC 74でジョルジュ・サンピエールと対戦し、判定負けを喫した。
2008年10月25日、UFC 90でチアゴ・アウベスと対戦し、判定負けを喫した[3]。
2008年12月10日、UFC: Fight for the Troopsで吉田善行と対戦し、右ストレートからの右フックで吉田を失神させKO勝ち[4]。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。
2009年2月21日、UFC 95でパウロ・チアゴと対戦し、TKO負けを喫した[5]。9月19日、UFC 103でフランク・トリッグにTKO勝ちを収めた[6]。11月21日、UFC 106でアンソニー・ジョンソンにチョークスリーパーで一本勝ちし[7]、ファイト・オブ・ザ・ナイトおよびサブミッション・オブ・ザ・ナイトをダブル受賞した。
2010年5月8日、UFC 113でポール・デイリーと対戦し、判定勝ち。試合終了直後にデイリーに殴られるハプニングがあった[8]。
2010年9月から放送されたThe Ultimate Fighter 12でコーチを務め、相手チームのコーチであったジョルジュ・サンピエールと因縁を作った。12月11日、UFC 124のUFC世界ウェルター級タイトルマッチで王者サンピエールと3年3か月ぶりに再戦し、何度も鋭いパンチを受け、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[9]。この試合はファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。
2011年9月24日、UFC 135でマット・ヒューズと対戦し、パウンドでKO勝ち。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。
2012年8月、デイブ・カマリロからブラジリアン柔術黒帯を授与された[10]。
2012年9月1日、ヘッドコーチのハビアー・メンデスとの対立で長年所属してきたアメリカン・キックボクシング・アカデミー(AKA)を脱退した[11]。
2013年2月23日、UFC 157でロビー・ローラーと対戦し、1RTKO負け。
2013年11月16日、UFC 167でタイロン・ウッドリーと対戦。右ストレートで1RKO負け。
2015年2月28日、UFC 184でウェルター級11位のジェイク・エレンバーガーと対戦し、一本負け。これでUFC4連敗となった。
2015年3月21日、UFC Fight Night: Maia vs. LaFlareでエリック・シウバと対戦し、1Rにギロチンチョークで一本負け。この試合を最後にUFCからリリースされた。
2018年6月28日、引退を表明した[12]。
戦績
総合格闘技
総合格闘技 戦績
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28 試合
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(T)KO
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一本
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判定
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その他
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引き分け
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無効試合
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17 勝
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5
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5
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7
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0
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0
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0
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11 敗
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4
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3
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4
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0
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総合格闘技エキシビション
獲得タイトル
表彰
- レスリング NCAAディビジョン1 オールアメリカン(1999年、 2000年、 2001年、 2002年)
- UFC ファイト・オブ・ザ・ナイト(2回)
- UFC ノックアウト・オブ・ザ・ナイト(2回)
- UFC サブミッション・オブ・ザ・ナイト(1回)
脚注
関連項目
外部リンク