この項目では、チタンの製造法について説明しています。泳法については「クロール (泳法) 」をご覧ください。
クロール法 (クロールほう)とは、乾式冶金 工業において用いられる、チタン の製造工程である。ルクセンブルク でウィリアム・ジャスティン・クロールが発明した。チタン原料を石油コークス と共に塩素 と反応させて得られた塩化チタン(IV) をマグネシウム で還元することで金属チタンを製造する方法である。アメリカ に移ったのち、クロールはさらにジルコニウム 生産のための手法を開発した。クロール法の発明以前はナトリウム を還元剤に用いたハンター法 (英語版 ) がチタンの製造に利用されていたが、1946年に化学メーカーのデュポン 社がクロール法を採用したチタンの工業生産を開始したのを皮切りにチタンの商業生産の多くはハンター法からクロール法に取って代わられていった[ 1] [ 2] 。
プロセス
クロール法のフローシート
鉱石 から製錬 された金紅石 もしくはイルメナイト を、流動層 の反応装置で、石油コークス によって1000℃で還元 する。この混合物を塩素 ガスで処理して、塩化チタン(IV) およびその他の揮発性の塩化物 を生成させ、連続蒸留 によってそれらを分離する。チタンは高温条件下では非常に活性な金属であるため、このように一度塩化物を経由することで効率的に不純物元素を除去することができる[ 3] 。
TiO
2
+
C
+
2
Cl
2
⟶ ⟶ -->
TiCl
4
+
CO
2
{\displaystyle {\ce {TiO2\ + C\ + 2Cl2 -> TiCl4\ + CO2}}}
[T = 1000℃]
この塩化チタン(IV)をステンレス鋼 の蒸留器にかけ、15 - 20%過剰の液化マグネシウム によって800 - 850℃で完全に還元する[ 4] 。この工程によって得られる金属チタンは反応装置に固着するため連続的に取り出すことができずバッチプロセスにならざるを得ないため、この還元工程がクロール法による金属チタン生産のボトルネック となっている。生産能力向上のために反応規模の大型化が進められ、1回の反応で10トンのスポンジチタンが得られるようになったものの還元工程全体で10日以上の日時が必要となる[ 3] [ 5] 。
2
Mg
(
l
)
+
TiCl
4
(
g
)
⟶ ⟶ -->
2
MgCl
2
(
l
)
+
Ti
(
s
)
{\displaystyle {\ce {2Mg(l)\ + TiCl4(g) -> 2MgCl2(l)\ + Ti(s)}}}
[T = 800 - 850℃]
塩化チタン(IV)の部分的な還元によって低級塩化物(塩化チタン(II) および塩化チタン(III) )の混交が生じる。副生する塩化マグネシウム は電解精製によってマグネシウムと塩素に分解させ再利用される[ 3] 。この結果生じる多孔質 なスポンジチタンを、浸出法もしくは加熱条件下での減圧蒸留で精製する。これをジャックハンマーで粉砕しプレスしてから、消耗電極式真空アーク炉 で溶かし、真空 下で固化させて地金 にする。しばしばインクルージョン を取り除き均一性を確保するため、この地金を再度溶解させて再精製を行う。
クロール法によるチタンの生産はチタンの還元工程がパッチプロセスであるため生産性が悪く、還元剤として用いるマグネシウムの還元やスポンジチタンの溶解・鋳造工程で多量のエネルギーを使用することから、製造コストが高い方法である[ 2] 。特に塩化マグネシウムの電解還元で消費される電力はクロール法の全工程に用いられる電力の70%以上を占める[ 5] 。2005年時点でのチタン板材の製造コストはトン当たり100万円を超え、ステンレス鋼の数倍の製造コストがかかっている[ 3] 。
ジルコニウムへの適用
チタンと性質の似ているジルコニウムもクロール法によって金属ジルコニウムを得る事が出来る[ 6] 。1943年、アメリカで鉱山局の技術者として働いていたクロールは、チタンの精製法であるクロール法をジルコニウムに対しても適応させる方法を開発した[ 7] 。当初はクロール法によって精製されたジルコニウムは窒素 の含有量が多く耐食性に問題があった。これは金属ジルコニウムが高温中では空気中の酸素や窒素と直接反応するためであり、現在は真空中で処理されている[ 8] 。
ジルコニウムの製造プロセス
ジルコニウムに対するクロール法はチタンに対するそれとほぼ同じである。しかしジルコニウムには一定量のハフニウム が常に共存しているためジルコニウムとハフニウムの分離工程が必要であり、アメリカでは溶媒抽出法が、フランス では抽出分離法が採用されている[ 9] 。溶媒抽出法では塩化ジルコニウム(IV) を溶媒で抽出し、一旦ジルコニア としてハフニウムと分離し、再度塩素と反応させて塩化ジルコニウム(IV)とした後昇華精製を行う[ 9] 。抽出分離法では、塩化ジルコニウムと塩化ハフニウム(IV) の混合物を昇華させて抽出分留することで塩化ジルコニウムを得る[ 9] 。マグネシウムによる還元反応を行いスポンジジルコニウムとし、消耗電極式真空アーク炉で溶解させてインゴットを得る方法はチタンと同じである[ 8] 。
2
Mg
(
l
)
+
ZrCl
4
(
g
)
⟶ ⟶ -->
2
MgCl
2
(
l
)
+
Zr
(
s
)
{\displaystyle {\ce {2Mg(l)\ + ZrCl4(g)\ -> 2MgCl2(l)\ + Zr(s)}}}
歴史およびその後の発展
金属チタンの製造には多くの方法が用いられてきた。1887年、ナトリウム を用いたニルセンおよびペテルセンによる報告から始まり、それはハンター法として商業的に最適化された。1920年代、ヴァン・アルケルは四ヨウ化チタン の熱分解によって高純度チタンを得る方法を記述した。四塩化チタンは水素 によって高温で還元されることで、加熱処理によって純粋な金属を得られる水素化物を与える事が発見された。このような背景のもとで、クロールは四塩化チタンを還元するための新しい還元剤および新しい装置を開発した。有意義な成功は、還元剤としてカルシウム を用いる事によってもたらされたが、生成物にはまだ酸化物が不純物として含まれていた[ 10] 。重要な成功は、オタワ において電気化学会 で報告された通り、1000度でマグネシウムを用い、モリブデン で覆った反応装置を用いたことでもたらされた[ 11] 。クロールの方法で作られたチタンは、その純度の高さを反映して非常に延性が高かった。1946年に化学メーカーのデュポン 社がクロール法を採用したチタンの工業生産を開始したのを皮切りにハンター法に代わりクロール法が世界のチタン生産法の主流となった[ 2] 。
日本でも1950年11月、神戸製鋼所 がクロール法による小規模精錬に成功した[ 12] 。
ハンター法によって製造されたチタンはクロール法によるものと比べて不純物の鉄 含有量を低く抑えることができるなどの利点があったためハンター法によるチタンの製造も続けられていたが、溶融工程における溶解性の問題やコストの問題から1990年代には工業生産は中止されていった[ 5] 。
他の技術はクロール法と競合している。その方法の一つには、精製過程で溶融塩電解を必要とするものがある。この手法の問題として「酸化還元リサイクル」、隔膜の消耗、電解質 溶液中の樹状結晶の堆積が含まれる。もう一つの方法として、FFCケンブリッジ法 (en )があり[ 13] 、固体電解質 を用いた方法について特許 を得、その実施にはスポンジチタンの処理は除かれる。FFCケンブリッジ法は、酸化チタン および黒鉛を電極、塩化カルシウム を電解質として、電極反応によって酸化チタンを金属チタンに還元する方法である[ 14] 。さらに別の方法として、金属カルシウムを酸化チタンと反応させて熱還元し金属チタンを得るOS京大法がある[ 14] 。また、アルミニウム によってチタンの中間体を還元することを伴う、乾式冶金の方法が開発されている。それは乾式冶金法および安価な還元剤という利点を併せ持つ。
脚注
^ Holleman, A. F.; Wiberg, E. "Inorganic Chemistry" Academic Press: Salk;n Diego, 2001. ISBN 0-12-352651-5 .
^ a b c “チタン製造コスト低減に関する調査研究報告書―要旨― ” (pdf). 財団法人 機械システム振興協会 (2005年). 2020年3月20日 閲覧。
^ a b c d 岡部徹 (2005). “チタンの新精錬法”. 軽金属 55 (11). doi :10.2464/jilm.55.537 .
^ Habashi, F. (ed.) Handbook of Extractive Metallurgy, Wiley-VCH, Weinheim, 1997.
^ a b c 伊藤善昌 (2009). “チタン製造技術の系統化” . 技術の系統化調査報告 (国立科学博物館産業技術史資料情報センター) 13 : 211-263. https://sts.kahaku.go.jp/diversity/document/system/pdf/052.pdf .
^ 田中和明 (2007). よくわかる最新レアメタルの基本と仕組み . 秀和システム. pp. 120. ISBN 4798018090
^ 萩、山本、松浦 (2005) p.35
^ a b 萩、山本、松浦 (2005) p.37
^ a b c 萩、山本、松浦 (2005) p.36
^ W. Kroll “Verformbares Titan und Zirkon” (Eng: Ductile Titanium and Zirconium) Zeitschrift für anorganische und allgemeine Chemie Volume 234, p. 42-50. doi :10.1002/zaac.19372340105
^ W. J. Kroll, “The Production of Ductile Titanium” Transactions of the Electrochemical Society volume 78 (1940) 35–47.
^ 岩波書店編集部 編『近代日本総合年表 第四版』岩波書店、2001年11月26日、380頁。ISBN 4-00-022512-X 。
^ G. Z. Chen, D. J. Fray, T. W. Farthing (2000). “Direct Electrochemical Reduction of Titanium Dioxide to Titanium in Molten Calcium Chloride”. Nature 407 (6802): 361–4. doi :10.1038/35030069 . PMID 11014188 .
^ a b 村上陽太郎 (2004年). “チタンの新製錬法の研究開発 NMCニュース第8号 (7) ” (PDF ). 大阪科学技術センター付属ニューマテリアルセンター. 2004年12月11日時点のオリジナル よりアーカイブ。2011年3月2日 閲覧。
参考文献
萩茂樹、山本章夫、松浦敬三 (2005). “連載講座核燃料工学の基礎―軽水炉燃料を中心に、第8回 軽水炉燃料の加工,軽水炉燃料の核・熱水力設計”. 日本原子力学会誌 (日本原子力学会) 47 (1): pp.35-44.
関連図書
P.Kar, Mathematical modeling of phase change electrodes with application to the FFC process, PhD thesis; UC, Berkeley, 2007.
外部リンク