クロベ [ 22] [ 23] [ 24] (黒檜、学名 : Thuja standishii )は、裸子植物 マツ綱 のヒノキ科 クロベ属 (ネズコ属[ 22] )の1種である。ネズコ (鼠子)ともよばれ、これを標準名としていることもある[ 5] [ 25] 。高木 になる常緑 針葉樹 であり(図1)、小枝は十字対生 する鱗片状の葉によって扁平に覆われ、裏面の気孔帯は目立たない。"花期"は5月、球果 はその年の秋に熟し、木質、果鱗 は肥厚せず瓦状に重なる。日本 固有種 であり、本州 と四国 の山地帯から亜高山帯に分布する。材 は建築用などに利用され、木曽五木 の1つとされる。
特徴
常緑 高木 になる針葉樹 であり、幹は直立し、大きなものは高さ35メートル (m)、幹の直径 1.8 m になる[ 8] [ 22] [ 23] [ 26] (図1, 2a)。樹冠は基本的に円錐形[ 23] 。岩上や風衝地に生育するものは匍匐状の樹形になることもあり[ 23] [ 27] 、また幹がときに捻じれる[ 27] 。樹皮 は赤褐色で艶があり、縦に薄くはがれる[ 8] [ 22] [ 23] [ 27] 。小枝は平面的に分枝して水平に広がり、鱗形葉によって扁平に覆われて表裏の別(背腹性)を示すが、ヒノキ など類似種に比べて明瞭ではない[ 23] [ 27] (下図2b)。
2b . 枝葉の表(左)と裏(右)および裂開した球果(下)
葉 は鱗片状の鱗形葉、長さ2–4ミリメートル (mm) でヒノキ より大きくアスナロ より小さく、やや厚く、鈍頭、無毛、十字対生 して小枝を平面的に覆う[ 8] [ 22] [ 23] [ 27] 。葉で覆われた枝は背腹性を示し、表面は深緑色、裏面の気孔帯は緑白色で目立たないため、ヒノキなどに比べて背腹の違いは小さい[ 22] [ 23] (上図2b)。
雌雄同株 、"花期"は5月[ 8] [ 22] [ 23] 。雄球花 [ 注 3] は小枝の先端に頂生し、紫黒色、球形から楕円形、長さ 1.5–2 mm、小胞子葉("雄しべ")が十字対生し、それぞれ花粉嚢(葯室)を4個つける[ 8] [ 22] [ 23] (上図3a)。雌球花 [ 注 4] も小枝の先端に頂生し、黄緑色、卵球形、3–4対の十字対生する果鱗 (種鱗 +苞鱗 )からなる[ 22] [ 23] 。球果 はその年の10–11月に成熟し、木質、オレンジ色を帯び、上向きにつき、広卵形から楕円形、長さ 8–10 mm、果鱗は瓦状に配置し、扁平で広卵形から広楕円形、鈍頭、先端付近に小角がある[ 22] [ 23] [ 27] (上図2b, 3b)。各果鱗には2–3個の種子 がつき、種子は褐色、線状楕円形、長さ 5–7 mm、両側に狭い翼がある[ 22] [ 23] [ 27] [ 31] 。染色体 数は 2n = 22[ 22] [ 27] 。
葉 の精油 成分としては、フェランドレン 、β-ピネン 、リモネン 、ボルニルアセテートなどが報告されている[ 32] [ 33] 。また材 にはトロポロン 化合物が含まれ、β-ツヤプリシン (ヒノキチオール )も少量存在する[ 34] 。
分布・生態
日本固有種であり、本州 (秋田県 から中部地方 )および四国 の山地帯(ブナ帯)上部から亜高山帯に分布する[ 8] [ 23] [ 35] 。山地の尾根や岩場に見られる[ 36] 。シラビソ 、キタゴヨウ 、コメツガ (マツ科 )、ヒノキ (ヒノキ科 )などと混生する[ 25] 。蛇紋岩 地帯にも耐える[ 27] 。陰樹 であり、成長はやや遅い[ 26] 。植林されることはほとんどない[ 36] 。
保全状況評価
レッドリスト
国際自然保護連合 (IUCN)のレッドリスト では、近危急種 (NT) に指定されている[ 1] 。
日本全体としては絶滅危惧等の指定はないが、各都道府県 では、以下のレッドリスト の指定(統一カテゴリ名)を受けており、鳥取県 などでは絶滅したとされる(2023年現在)[ 37] 。
希少個体群保護林
「太鼓山ネズコ遺伝資源」(青森県 弘前市 )と「山王海ネズコ遺伝資源」(岩手県 紫波町)が、希少個体群保護林に指定されている[ 38] 。
天然記念物
国指定のクロベの天然記念物 はないが、地方自治体指定のクロベの天然記念物の例として、以下のようなものがある。
人間との関わり
材 は耐朽性が高く、加工がしやすく、建築 (欄間 、天井板 、戸 、障子 、長押 など)、家具 、船舶 、器具 、下駄 、経木 、曲物 などに利用される[ 8] [ 22] [ 26] [ 45] [ 20] [ 46] 。古くは樹皮が火縄に使われた[ 46] 。材は軽軟で気乾比重は0.30–(0.36)–0.42、肌目は精だが表面仕上げはあまり良好ではなく、また割れやすい[ 45] [ 20] [ 46] 。心材 と辺材 の境界は明瞭、心材はくすんだ黄褐色から褐色、辺材は狭く黄白色[ 45] [ 20] [ 46] 。年輪 は明瞭[ 45] 。材は収縮率が小さく狂いが少ないが、光沢に乏しく強度が弱いため構造材には向いていない[ 20] 。材の蓄積量は少ない[ 20] 。また、材に含まれるトロポロン 化合物のため、木材加工者にアレルギー を引き起こすことがある[ 20] 。
木曽谷 では、クロベ(ネズコ)がヒノキ 、サワラ 、アスナロ 、コウヤマキ とともに、木曽五木 の1つとされる[ 47] 。クロベの材の有用性は他より劣るが、誤伐の言い訳(クロべと誤ってヒノキを伐採してしまったなど)を封ずるために留め木(伐採禁止の木)に追加されたともされる[ 48] 。クロベで作られた下駄は中信地方の特産品であり、「ねずこ下駄」とよばれる[ 47] [ 49] 。また、木曽五木を材料とする箱物などは木曽材木工芸品とよばれ、長野県の伝統的工芸品 に指定されている[ 50] 。
庭園や公園に植栽されることがある[ 26] 。
名称
葉裏の気孔帯が緑白色で目立たないため、ヒノキ など類似種に比べて相対的に葉裏の色が暗く「クロビ(黒檜)」とよばれ、これが「クロベ」に転じたといわれる[ 23] 。これに対して、葉裏の気孔帯が大きく白色のアスナロ は、「シラビ(白檜)」とよばれることがある[ 51] [ 注 5] 。他に「クロベ」の語源として、材がヒノキに較べて黒っぽいからとする説もある[ 52] 。また、富山県 の黒部峡谷 に多いことがクロベの名の由来とされることもあるが[ 32] 、逆にクロベが多いことが黒部峡谷の名の由来ともされる[ 53] 。別名でネズコ(鼠子)とよばれるが、これは心材 がねずみ色であることに由来するとされる[ 23] 。
そのほかに、クロベスギ[ 12] 、ゴロウヒバ[ 18] 、アカヒ[ 19] などの別名がある。中国名 は「日本香柏」[ 5] 。
学名 である Thuja standishii のうち、属名 Thuja はギリシア語で樹脂に富むある常緑樹に由来し[ 54] 、種小名の standishii は、イギリスの栽培家であり John Standish に献名したものである[ 52] 。
分類
クロベはクロベ属 (ネズコ属[ 22] 、学名 : Thuja )の1種である[ 54] 。クロベ属は5種を含み、クロベの他にアメリカネズコ (ベイスギ、ベイネズコ、Thuja plicata )、ニオイヒバ (Thuja occidentalis )、ニオイネズコ(Thuja koraiensis )、シセンネズコ(Thuja sutchuenensis )が含まれる[ 54] [ 55] 。
日本産の類似種(ヒノキ 、サワラ 、アスナロ )と比較すると、クロべは枝葉裏面の気孔帯が目立たない点、球果 の果鱗 が扁平で先端が盾状にならない点で他と区別できる[ 56] 。
脚注
注釈
出典
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関連項目
外部リンク
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