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この項目では、競走馬について説明しています。自転車競技については「オムニアム」をご覧ください。 |
オムニウム (Omnium II, 1892 - 1901) は、フランスの競走馬である。ジョッケクルブ賞や当時6200メートルで行われていたグラディアトゥール賞などに優勝し、種牡馬としても1902年のフランスリーディングサイアーに輝いた。
経歴
出自
父ユパス (Upas) はバイアリーターク、ヘロドから続くサイアーラインに属する馬であり、その父ドラールからフランスに渡り、競走馬として、後にオムニウムと父子制覇することになるジョッケクルブ賞(Sycomoreと同着)やグラディアトゥール賞に優勝した。母 Bluette は22号族に属するフランス産の牝馬で、父母ともにイギリス産馬であった。
オムニウムはオーナーブリーダーのレオンス・ドラートル (Léonce Delâtre) が1892年にカルヴァドス県カンブルメール(英語版)のサンペールデュモン牧場(英語版)で生産した[1]。後にクサールなどを生産するエヴレモン・ド・サンタラリ(英語版)にドーヴィルのイヤリングセールで購買され[2]、エドガー・ロルフ (Edgar Rolfe) のもとで調教された[1]。
競走成績
1894年 (2歳時)
1895年 (3歳時)
1896年 (4歳時)
種牡馬成績
競走馬引退後のオムニウムは、サンタラリがドラートルの相続人から買収したサンペールデュモン牧場で種牡馬入りしたが[1][2]、1901年に9歳の若さで早逝した。このためわずか2世代しか産駒を残せなかったものの[1]、その中の牝駒キジルクーガン(wikidata) (1899 - 1919) が1902年にディアヌ賞やパリ大賞典で優勝する活躍を見せ仏リーディングサイアーに輝いた。また、パリ大賞典及びロワイヤルオーク賞優勝馬で1921、1924、1929年の仏リーディングサイアーにもなるブリュルール(wikidata)とキジルクーガンの産駒クサール(トウルビヨンの父)の母の父となり、オムニウムは母の父としても実績をあげた。なお、クサールはオムニウムの3×2という濃いインブリードを持つ。
血統表
出典
外部リンク