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この項目では、音楽バンドについて説明しています。人の死を伝える文章については「死亡記事」をご覧ください。 |
オビチュアリー(Obituary)は、アメリカ合衆国出身のデスメタル・バンド。
同スタイルの形成初期から活動する、先駆的グループの一つ。一度解散したが、2003年より活動を再開した。
概要
デス、モービッド・エンジェル、ディーサイドらと共にフロリダを中心に活動を行い、カンニバル・コープス、サフォケイション、マルヴォレント・クリエイションらニューヨーク勢と共に、1990年代初頭のアメリカにおけるデスメタル・シーン創生期を支え、世界中のデスメタル・バンドに影響を与えた。
また彼らがレコーディングに使用したタンパのモリサウンドと、そこを拠点に活躍していた音楽プロデューサーのスコット・バーンズが作り出すサウンドは、世界中のデスメタル・バンドの憧れになり、各国のデスメタル・バンドが次々とレコーディングに訪れるようになった。
グルーヴィなミドルパートを基本とし、曲の半ばでスラッシュメタル風のファスト・パートになだれこむスタイルが特徴。
略歴
1984年に「Executioner」(エクゼキューショナー)の名前で結成。1986年、更に綴りを「Xecutioner」に変更。
1988年にロードランナーと契約するが、その際にバンド名を現行のオビチュアリー (Obituary)に改名する(ボストンに同名のスラッシュメタル・バンドが存在したため)。
1992年、初来日公演。
1997年に解散するが、2003年から活動を再開。
2008年、HR/HMフェス『LOUD PARK』にて来日公演[4]。
2013年、5年ぶりの来日公演[5]。
2017年、10作目の節目となるセルフタイトルのオリジナル・アルバム『Obituary』を発表[6]。
2023年、11枚目約6年振りとなるオリジナルアルバム『DYING OF EVERYTHING』を発表。
備考
- 今まで出たどのアルバムにも歌詞カードがついていない。ボーカルのジョン・ターディによれば意味の無い言葉で構成されているとのこと。
- 1992年に海外のデスメタル・バンドとして初めて来日公演を行った。(川崎クラブチッタ、サポートはSHELLSHOCK)。ただし1989年にグラインドコア・バンドの「ナパーム・デス」が来日公演を行っている。
メンバー
現ラインナップ
- ジョン・ターディ (John Tardy) - ボーカル (1984年-1997年、2003年- )
- トレヴァー・ペレス (Trevor Peres) - リズムギター (1984年-1997年、2003年- )
- ケニー・アンドルース (Kenny Andrews) - リードギター (2012年- )
- テリー・バトラー (Terry Butler) - ベース (2010年- )
- デス、シックス・フィート・アンダー、マサカー等で活動。
- ドナルド・ターディ (Donald Tardy) - ドラムス (1984年-1997年、2003年- )
- オビチュアリー解散時はアンドリューWKのバックバンドに参加していた。
- ボーカルのジョン・ターディとは兄弟である。
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ジョン・ターディ(Vo) 2017年
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トレヴァー・ペレス(G) 2017年
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ケニー・アンドルース(G) 2017年
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テリー・バトラー(B) 2017年
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ドナルド・ターディ(Ds) 2017年
旧メンバー
- マーク・ヴィト (Mark Vito) - ギター (1984年)
- アレン・ウェスト (Allen West) - リードギター (1984年-1989年、1992年-1997年、2003年-2006年)
- オビチュアリー在籍中にカンニバル・コープスのクリス・バーンズと共にサイド・プロジェクト、シックス・フィート・アンダーを結成したが現在は脱退している。その後、Lowbrowというプロジェクト・バンドを結成し、2枚アルバムをリリースしている(日本未発売)。
- ジェリー・ティッドウェル (Jerry Tidwell) - ギター (1985年)
- JP・シャルティエ (JP Chartier) - ギター (1986年-1987年)
- ジェームズ・マーフィー (James Murphy) - リードギター (1990年)
- エージェント・スティール、デス、テスタメントなど数多くのバンドに参加。セカンド・アルバム『コーズ・オブ・デス』に参加。
- ラルフ・サントーラ (Ralph Santolla) - ギター (2007年-2011年)
- ディーサイド、デス(ライブ・セッション)、アイスド・アース(ライブ・セッション)などに参加。
- 2018年5月30日に心臓発作を起こし昏睡状態となったが、6月6日夜に生命維持装置が外され死去した[7]。51歳没。
- ジェローム・グレイブル (Jerome Grable) - ベース (1984年-1988年)
- ダニエル・タッカー (Daniel Tucker) - ベース(1988年-1989年)
- フランク・ワトキンス (Frank Watkins) - ベース (1989年-1997年、2003年-2010年)
- 2015年逝去[8]。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
ライブ・アルバム
コンピレーション・アルバム
- 『アンソロジー』 - Anthology (2001年)
- The Best of Obituary (2008年)
脚注
外部リンク