オシリス (Osiris) という名称は、古代エジプト神話に登場する冥界の王、オシリス神に因んだ愛称である[3][17]。オシリス神は体を切り刻まれて失ってしまったが、その様子がこの惑星が大気の流出を起こし質量を失っている状態と似ていることから、この惑星からの大気の流出を初めて発見した科学者である Alfred Vidal-Madjar と Alain Lecavelier des Etangs によって提案された[17]。この愛称は2003年にパリ天体物理学研究所で開催された国際会議「Extrasolar Planets, Today And Tomorrow」で提案されたが[17]、正式に承認された名称ではなく、太陽系外惑星のカタログや大部分の学術論文では引き続き HD 209458 b という名称で呼ばれている[18][19]。
発見と観測
視線速度法での発見とトランジット観測
HD 209458 b は初めてトランジットが検出された太陽系外惑星であるが、存在の初検出は視線速度法を用いて行われた[注 1][4][5]。またトランジットの初検出には、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの David Charbonneau らによるグループと、テネシー州立大学の Gregory W. Henry らの2つの観測チームが競合していた。
主星である HD 209458 は、ケック望遠鏡の HIRES を用いた観測と[5]、オート=プロヴァンス天文台の 1.93 m 望遠鏡に設置された分光器 ELODIE を用いた観測の[4]、視線速度法によるそれぞれ独立した2つの系外惑星探査プロジェクトでの観測対象となっていた。ELODIE による観測では1999年8月の段階で HD 209458 に視線速度の変動が検出されており、その後の追加観測の結果とも合わせて惑星候補天体の軌道要素や、予測されるトランジットの日時が判明していた[4]。これを受け Charbonneau らは1999年8月29日以降に10夜にわたって HD 209458 の測光観測を行い、9月9日と16日の両日に、トランジットが発生すると予測されたタイミングで主星の明るさが 1.7% 減少したのを検出した[4]。
一方で Henry らも、9月までに HIRES を用いた観測で HD 209458 に視線速度の変動が検出されたのを受け、軌道要素が確定して予想されるトランジットの日時が判明した後すぐに測光観測を開始した[5]。Henry らはフェアボーン天文台の 0.80 m 望遠鏡を用いて1999年11月7日にトランジットを検出したが、この観測ではトランジットの前半部分のみが観測された[5]。Henry らは当初トランジットの検出に確信を持てない状態であったが、Charbonneau らのグループが9月に完全なトランジットを検出したという噂を聞き、結果を論文として公表するのを急ぐこととした。Henry らは11月12日に国際天文学連合のサーキュラーでトランジットを検出したことを報告し[21]、18日に論文を投稿した[5]。Charbonneau らは翌19日に論文を投稿した[4]。両グループの論文はどちらも受理され、アストロフィジカルジャーナルの同じ巻に、連続したページで掲載された[注 2][4][5]。報告されたいずれのトランジットも継続時間はおよそ3時間であり、惑星は主星の面積のおよそ 1.5% を隠しているとされた[4][5]。
主星は位置天文衛星のヒッパルコスによって繰り返し観測されていたため、HD 209458 b の公転周期は 3.524786 日と非常に正確に計算されている[22]。
2005年3月22日、NASAはスピッツァー宇宙望遠鏡を用いた観測で惑星から放出される赤外線を検出したと発表し、これは系外惑星からの放射の初めての直接的な検出となった[24][25]。これは惑星からの光を恒星からの光と空間的に分解した観測では無いが、惑星が恒星の背後に隠れる二次食を用いた観測である。つまり、惑星が主星の背後に隠れており惑星からの光が地球から見えない際のスペクトルと、その前後の恒星と惑星の放射が混じったスペクトルを比較して差分を取ることで、惑星からの放射を抽出することができる[25]。この観測からは、惑星の表面温度が少なくとも 750℃であることが判明した[24][25]。また HD 209458 b は比較的大きな半径を持っているため、付近に別の天体が存在して軌道離心率が大きくなり、潮汐力の効果によって半径が大きく維持されているのではないかと考えられていたが、この観測で惑星の軌道が円軌道であることが確かめられた[24][25]。
スペクトルの観測
2007年2月21日、NASA とネイチャー誌は HD 209458 b および HD 189733 b のスペクトルを直接確認したと発表した[8][9]。これらは系外惑星のスペクトルが直接観測された初めての例である[8][9]。この観測手法は、太陽系外の意識を持たない生命体を、それらが惑星の大気に与える影響を介して探査するための方法として長い間考えられていたものである[8]。
成層圏の上部には外気圏が存在する。2001年11月27日にハッブル宇宙望遠鏡によって HD 209458 b の大気中からナトリウムが検出され、これは太陽系の外で惑星の大気が測定された初めての例になった[6]。この発見は、天文学者のサラ・シーガー(英語版)らによって2001年後半に予測されていた[37]。ナトリウムのスペクトル線のコア部分は気圧が50ミリバールから1マイクロバールとなる範囲まで続いていた[36]。HD209458bのナトリウムの吸収線の強さは、 HD 189733 b で検出されtたもと比べて3分の1の強さである[38]。
2003年から2004年にかけて、天文学者はハッブル宇宙望遠鏡の画像分光器 STIS を用いた観測で、惑星の周囲に 10,000 K にもなる水素、炭素と酸素からなる巨大な楕円体状のエンベロープが存在するのを発見した[7]。水素の外気圏は惑星のヒル半径である3.1木星半径にまで広がっており、これは惑星の半径である1.32木星半径よりもずっと大きい[39]。この距離と温度では、大気粒子の速度のマクスウェル分布は脱出速度よりも高速で動く原子の顕著な「尾」を形成する。この惑星は、1秒あたり 1-5×108kg もの水素を失っていると推定される。このエンベロープを透過してくる恒星の放射の解析からは、より重い元素である炭素や酸素原子も惑星から流れ出していることが分かっている。これは惑星から蒸発していく水素大気による極端な流体力学的抗力によるものである[39]。惑星から流れ出す水素の尾はおよそ 200,000 km の長さがあり、これは尾の直径とおおよそ等しい[39]。またその速度は時速 35,000 km という猛スピードである。
このような大気散逸は、太陽に似た恒星の周りを 0.1 au よりも近い距離で公転する全ての惑星で一般的に起きる現象だと考えられている。HD 209458 b は全質量を失うことは無いものの、推定される寿命である50億年の間に最大で全質量のおよそ 7% を失うと推定されている[40]。惑星の磁場はこの大気の散逸を阻害する可能性がある。これは、外気圏は主星によってイオン化され、磁場はイオンを散逸から防ぐからである[41]。
4月24日に、ハッブル宇宙望遠鏡を用いた観測を率いた天文学者の David Charbonneau は、望遠鏡そのものによって引き起こされるスペクトルの変化によって、理論モデルが水の存在を示唆してしまう可能性があるという点を指摘した。かれは今後数ヶ月の間のさらなる観測によってこの問題が解決するだろうと望んだ[44]。
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