ウェネティ語 [2] (英語 : Venetic language )とは、現在のイタリア 北東部ヴェネト州 からスロヴェニア のあたりにいた古代のウェネティ族 (英語版 ) (ラテン語 : Veneti , 古代ギリシア語 : ἐνετοί - enetoi)が用いていた言語。
紀元前6世紀 末から紀元前1世紀 半ばにかけて書かれた300以上の短い碑文 が残されている。とくにエステ の東にあるバラテッラのレイティア (Reitia ) 女神の神域の碑文や、ピアーヴェ川 流域のラゴレ・ディ・カラルツォの神域に豊富な碑文が残る。碑文の内容は宗教的な奉納文と葬儀用の文が半々である[3] 。
系統
インド・ヨーロッパ語族 のケントゥム語 に含められる。しばしばイタリック語派 の、とくにラテン語 に近いとされることがあるが、確実なことは言えない[4] 。語彙は、人名や神名を除くと50語程度である[5] 。文法の節で見られるように人称代名詞 にはゲルマン語派 との類似が見られる。
かつてウェネティ語はイリュリア語 と関係があると言われた[6] 。イリュリア語はアルバニア語 と関係があると言われ[7] 、またメッサピア語 と近い関係にあるとも言われる[8] 。しかしイリュリア語の資料がわずかな固有名詞以外何も残っていないため、証明は不可能である。
文法
名詞は3つの性 、単数と複数の数 、少なくとも主格 ・対格 ・与格 ・奪格 を区別する。属格 は疑わしい例しかない[9] 。
代名詞には一人称単数のego(主格)、mego(対格)のほか、sselboisselboi(彼自身、単数与格)が見られるが、この形はゲルマン語派 の形に類似する(ゴート語 silba、古高地ドイツ語 selbselbo)[10] 。
動詞は時制 (現在・過去)、法 (直説法、命令法、おそらく接続法も)、2つの態 を持ち、人称と数で変化する[10] 。
文字
文字は、エトルリア文字 の系統の独自の文字(古イタリア文字 の一種)を使用したが、紀元前150年ごろになるとラテン文字 を使用するようになり、またラテン語からの影響が強まった[11] 。
エトルリア文字には有声破裂音の文字(b,d,g)がなかったため、帯気音の文字(φ,θ,χ )を有声音のために転用した。/f/ は古いエトルリア文字の習慣に従ってvhと記されたが、カドーレ (英語版 ) では後に単にhだけで表した[12] 。ウェネティ文字の風変わりな特徴として、音節のはじめの母音(iを除く)と、音節末の子音に点を打つことがあげられる[13] 。
例
エステの尖筆 の刻文[14] 。
翻字:mego dona.s.to re.i.tiia.i. ner(.)ka lemeto.r.na (.は音節の区切りを表すための点)
注:mego「私を」donasto「贈った」(三人称単数過去)reitiiai「レイティアに」(女性単数与格)nerka「ネリカが」(女性単数主格)lemetorna「レメトルの」(女性単数主格)
訳:レメトルの妻ネリカがレイティア神に私(=尖筆)を贈った。
脚注
^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Venetic” . Glottolog 2.7 . Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/vene1257
^ 中世以降のヴェネト語 (Il veneto;イタリア語 の方言ともされる)とは別である。
^ Wallace (2004) p.840
^ Wallace (2004) p.842
^ Wallace (2004) pp.854-855
^ たとえば高津(1954) p.17注(1)でウェネティ語を「甚だしくラテン語化されたイリュリア語」とする
^ Woodard (2004) p.12
^ Woodard (2004) p.15
^ Wallace (2004) pp.848-850
^ a b Wallace (2004) p.850
^ Wallace (2004) p.842,846,855
^ Wallace (2004) p.844
^ Wallace (2004) pp.845-846
^ Wallace (2004) p.853
参考文献
Wallace, Rex E. (2004). “Venetic”. In Roger D. Woodard. The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages . Cambridge University Press. pp. 840-856. ISBN 9780521562560
Woodard, Roger D. (2004). “Introduction”. In Roger D. Woodard. The Cambridge Encyclopedia of the World's Ancient Languages . Cambridge University Press. pp. 1-18. ISBN 9780521562560
高津春繁 『印欧語比較文法』岩波書店 、1954年。