アレックス・バルドリーニ ( Alex Baldolini, 1985年1月24日 - ) は、イタリア・チェゼーナ出身、ペーザロ在住のオートバイレーサー。現在ロードレース世界選手権Moto2クラスに参戦中。またレーサー業と並行して、高校卒業後はウルビーノ大学でコミュニケーション科学を学んだ。
経歴
キャリア初期
1993年、8歳のときからポケバイレースを始める。1999年からはイタリアロードレース選手権(CIV)125ccクラスに参戦を開始し、2000年にはシリーズランキング4位に入った。また同年にはワイルドカード枠で地元イタリアGPに出場し、ロードレース世界選手権にデビューを果たした。翌2001年にはヨーロッパ選手権でシリーズ3位、CIVでシリーズ8位を記録した[1]。
ロードレース世界選手権
125ccクラス
2002年、バルドリーニはUGT3000アブルッツォ・チームからロードレース世界選手権125ccクラスにフル参戦デビューを果たした。開幕戦日本GPで14位に入ったのが唯一のポイント獲得となり、シリーズランキング34位に終わった。
250ccクラス
2003年シーズンは250ccクラスにステップアップし、マッテオーニ・レーシングチームからカスタマー仕様のアプリリアを駆って参戦した。ドイツGP、マレーシアGPと2度10位に入ったのがベストリザルトとなり、シリーズランキング17位と成績は改善した。2004年も同チームに残留し、最終戦バレンシアGPでの10位が最高位でシリーズ18位となった。ちなみに前年のバルドリーニのゼッケンは"26"だったが、この年以降は26番をダニエル・ペドロサに譲り、自らは"25"を使用している[1]。
2005年はカンペテーラ・レーシングに移籍し、関口太郎のチームメイトを務めた。カタルーニャGPで10位に入ったのがベストとなり、またもシリーズ18位となった。
2006年シーズンはマッテオーニ・チームに戻り、第3戦トルコGPで自己ベストを更新する8位に入賞した。その後第11戦チェコGPで上腕骨を骨折し2戦欠場を強いられたものの、シリーズ16位と成績を若干向上させた[1]。
2007年にはキーファー・レーシングチームに移籍しデューク・ヘイドルフのチームメイトを務めたが、目立った成績は残せずにシリーズ22位に沈んだ。2008年は再びマッテオーニ・チームに戻り、2戦で11位に入賞したのがベストリザルトでシリーズ17位となった。
250ccクラス最後の年となった2009年シーズンはWTRサンマリノチームに移籍。ウェットレースになった第10戦イギリスGPでは自身初のファステストラップを記録した。最終戦バレンシアGPで自己ベストタイの8位に入り、これまでで最多となる41ポイントを獲得しシリーズ16位を記録した。
Moto2クラス
2010年、バルドリーニは250ccクラス後継のMoto2クラスに、カレッタ・レーシングチームから参戦した。同チームの運営母体はかつて所属したことのあるカンペテーラ・レーシングである[2]。シャシーは、40台超が参戦する同クラスにおいて唯一となるI.C.P.(インドゥストリア・コストゥルツィオーネ・ピエモンテ = ピエモンテ工業製作所[3])製を使用した。第17戦ポルトガルGPではステファン・ブラドルと激しいトップ争いを展開した結果、グランプリ参戦143戦目にして初表彰台(2位)に立った[4]。この年のシリーズランキングは19位となった。
2011年シーズンはフォワード・レーシングに移籍し、Moto2クラスに継続参戦する[5]。
ロードレース世界選手権 戦績
脚注
外部リンク