アメンボ(水黽、水馬、飴坊、飴棒)は、昆虫綱半翅目アメンボ科の総称である[2][3][4]。
本来の意味は「飴棒」で、「飴」は、臭腺から発する飴のような臭い、「棒」は体が細長いことから[5]。「雨」と関連付けるのは民間語源である[6]。
アメンボの別名として、ミズグモ(水蜘蛛)[7]、カワグモ(川蜘蛛)[2][8][7]、スイバ(水馬)[9]、ミズスマシ(水澄・水馬)[10]、チョウマ(跳馬、江戸時代の江戸の方言)[6]、アシタカ[7]などがある。ただし、現代の標準和名では、ミズグモは水生のクモの1種、ミズスマシは水生甲虫の一群を意味する。
なお、「アメンボ」は、アメンボ科の1種 Aquarius paludum(旧 Gerris paludum)別名ナミアメンボの和名でもある[3][11][5]。
和名に「アメンボ」を含む種はアメンボ科の他に、同じアメンボ下目のカタビロアメンボ科 Veliidae ・サンゴアメンボ科 Hermatobatidae イトアメンボ科 Hydrometridae に広がる。さらに同下目で同様に水生のミズカメムシ科 Mesoveliidae とケシミズカメムシ科 Hebridae を加えた6科をアメンボ類と総称する[11]。
水面で活動するカメムシ目としては最大で、体長は3mmから26mm[12]。
中脚と後脚が非常に長く[2]、特に中脚は体長を著しく超えるほど[12]。前脚は短い。脚の付け根は、中脚と後脚は接しているが、前脚は離れている[3]。脚先には短い毛が密生している。
多くは細長い棒状[2]の体型を持つが、海生のウミアメンボ亜科は卵型[3]。なお、同じ海生でも Trepobatinae 亜科の Stenobates は棒状である。
体色は地味な黒ないし赤褐色[2]。淡色の条紋をもつこともあるが目立たない[12]。
ほとんどは淡水生だが、例外が少数ある。ウミアメンボ亜科 Halobatini 族と Trepobatinae 亜科 Stenobatini 族は海生、Eotrechinae 亜科は湿岩生および陸生である[13]。
足先の毛だけを水面につけて、毛が水を撥く表面張力を利用して水面に浮かぶ。脚の先端部からは油を分泌している[14]。表面張力は、雌が雄を背に乗せても沈まない程度に強い[12]。
中脚の運動で推進し、後脚で方向を定めて、水面を滑走する[2]。全て肉食で、水面に獲物となる小動物や死骸が落ちると、すばやく接近して前脚で捕獲し、針のように尖った口器を突き刺して消化液を注ぎ込み、溶けて液状になった体組織を吸汁する(体外消化)。
一部のアメンボには前脚の受容器によって水面に落ちた昆虫類を波で察知する能力がある[14]。また、波をなわばり、餌の防衛、求愛行動、個体間の距離の維持などコミュニケーションに利用している[14]。
アメンボ科は、8亜科60属約500種[15]、または72属640種[16]、または約710種[17]、または約1000種[2]に分かれるといわれる。
アメンボ科の8亜科と近縁なグループの系統関係は下図のとおり[17][13]。なお、アメンボ科の8亜科のうち、「*」をつけたアメンボ亜科と Cylindrostethinae はおそらく単系統ではない[17][13]。
Eotrechinae
アメンボ亜科 Gerrinae *
Charmatometrinae
Cylindrostethinae *
Rhagadotarsinae
Trepobatinae
Ptilomerinae
ウミアメンボ亜科 Halobatinae
ケシカタビロアメンボ亜科 Microveliinae
ケシウミアメンボ亜科 Haloveliinae
Veliinae
アシブトカタビロアメンボ亜科 Rhagoveliinae
Perittopinae
Ocelloveliinae
Macroveliidae
Paraphrynoveliidae
イトアメンボ科 Hydrometridae
サンゴアメンボ科Hermatobatidae
ケシミズカメムシ科 Hebridae
ミズカメムシ科 Mesoveliidae
アメンボ科に最も近縁な科はカタビロアメンボ科 Veliidae だが、この科はアメンボ科の姉妹群ではなく、アメンボ科を内包する側系統である(図の「V+G」からアメンボ科を除いた、グレイ部分)。そのため、カタビロアメンボ科はいくつかの単系統の科に分割されるか、(特に、アメンボ科に近縁なケシカタビロアメンボ亜科 Microveliinae とケシウミアメンボ亜科 Haloveliinae は)アメンボ科に統合される必要がある[17]。
アメンボ科・カタビロアメンボ科・サンゴアメンボ科はアメンボ上科 Gerroidea 、イトアメンボ科・Macroveliidae・Paraphrynoveliidae はイトアメンボ上科 Hydrometroidea に分類されるが、それら2上科は単系統ではない。なお残りの2科はそれぞれ単型上科をなす。
アメンボ亜科 Gerrinae と Eotrechinae の属の系統関係は、下図のとおりである[13](図で「n.d.」を付した属はこの研究では解析されておらず、別の古い研究[13][18]による)。マイナーな属 Macrogerris と Gerriselloides は Gerris に、Limnogonus は Limnogonoides に含めている。「*」を付した属は非単系統のようだが、単系統ごとに分けず、大まかな位置のみ示した。
ヒメアメンボ属 Gerris (新北区・東洋区・エチオピア区)
アメンボ属 Aquarius * (新北区)
セアカアメンボ属 Limnoporus (全動物地理区)
Tachygerris (新熱帯区)
Eurygerris (新熱帯区)
Gigantometra (東アジア)
Eotrechus
Chimarrhometra n.d.
Amemboa
Amemboides n.d.
Onychotrechus
Tarsotrechus n.d.
Limnogonus (全世界の熱帯・亜熱帯)
Tenagometrella n.d. (エチオピア区)
Neogerris (全世界の熱帯・亜熱帯)
Gerrisella n.d. (エチオピア区)
Tenagogerris * (オーストラリア)
Tenagogonus * (旧世界熱帯)
Limnometra * (旧世界熱帯)
Tenagometra n.d. (エチオピア区)
アメンボ亜科は単系統ではなく、2つの系統に分かれた多系統である。アメンボ亜科は2つの族 Gerrini と Tachygerrini に分けられてきた(新熱帯区固有の Tachygerris と Eurygerris が Tachygerrini、他は全て Gerrini)が、それらも多系統である。