鎌田 三郎兵衛(かまた さぶろうべえ、1870年5月18日(明治3年4月18日) - 1934年(昭和9年)10月20日)は、明治時代後期から大正時代の政治家、銀行家。衆議院議員。旧名は悦蔵。
経歴
先代鎌田三郎兵衛の長男として、但馬国養父郡口大屋村(現・養父市大屋町)に生まれる。1899年(明治32年)8月、襲名し家督を相続する。1894年(明治27年)東京法学院を卒業する。
農業を営む傍ら、口大屋村会議員、同村長、養父郡会議員、兵庫県会議員を歴任する。ほか、養父郡畜産組合長、同農会長、大屋銀行頭取、五十五銀行・西谷銀行各取締役を務めた。1920年(大正9年)第14回衆議院議員総選挙で兵庫県第13区から無所属で出馬して当選し、1期務めた。
親族
⚫︎長男:強三 (妻 やゑの義兄は貴族院議員 土居通博)
⚫︎ 長女:富美(夫は 貴族院議員北村宗四郎 三男範治)
脚注
参考文献