於菊稲荷神社(おきくいなりじんじゃ)は、群馬県高崎市の神社。
歴史
創建年代は不明である。1582年(天正10年)の神流川の戦いで、後北条氏に勝利をもたらしたことから、社殿が整備された[1][2]。
当社は中山道の新町宿の中にあり、遊女や飯盛女が多くいた。彼女らが奉納した絵馬が現在も残っている[3]。
於菊伝説
宝暦年間(1751年 - 1764年)、新町宿に「於菊」という美しい娘がいた。ところが重病に罹り療養生活を送っていた。於菊が当社に病気平癒を祈ったところ、病気が治り元気になった。その際に「人のために尽くせ」という霊夢を見、後の半生を当社の巫女として生きることになった。於菊は予知能力を授かり、様々な物事を言い当てるようになった。そのことが評判を呼び、いつしか「於菊稲荷神社」と称されることになった[2]。
文化財
- 於菊稲荷神社水屋 附手水鉢石(高崎市指定重要文化財 昭和55年1月10日指定)[4]
- 於菊稲荷神社絵馬二面(高崎市指定重要文化財 昭和55年1月10日指定)[5]
交通アクセス
脚注
参考文献
- 群馬県高等学校教育研究会歴史部会 編『群馬県の歴史散歩(歴史散歩10)』山川出版社、2005年
外部リンク