平沢 安次郎(ひらさわ やすじろう、1875年(明治8年)3月6日 - 1969年(昭和44年)4月8日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴・人物
愛知県出身[1]。1897年(明治30年)陸軍士官学校第9期卒業[1]。
1921年(大正10年)6月に陸軍歩兵大佐・歩兵第80連隊長を経て、1925年(大正14年)5月1日に陸軍少将に昇進と同時に待命、同月25日に予備役に編入した[1][2]。
1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[3]。
脚注
- ^ a b c d 『日本陸軍将官辞典』614頁。
- ^ 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』146頁。
- ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」22頁。
参考文献
- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。