川勝 隆恭(かわかつ たかゆき)は、江戸時代中期の旗本。隆房流川勝家の4代当主。
生涯
享保2年(1717年)、川勝隆成の四男として江戸に生まれ、後に実兄である川勝光隆の養子となった。川勝光隆の子に男子がなかったため、実弟の隆恭が養子となって家を継いだ。兄弟であるが年齢は32歳も離れていた。。元文元年(1736年)2月28日、初めて将軍徳川吉宗に謁見した。
寛保2年(1742年)12月3日、書院番となり、宝暦元年(1751年)10月3日、義父(実兄)光隆の死去により、その家督(蔵米400俵)を継いだ。安永2年(1773年)閏3月12日、書院番組頭に進み、同年12月16日に布衣を着る事を許された。安永5年(1776年)6月28日、駿府城の守衛中に、60歳で没した。家督は婿養子の隆安が継いだ。
参考文献
- 『寛政重修諸家譜(第18)新訂』続群書類従完成会、1981年
- 先代
- 光隆
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- 川勝知氏系隆房流
- 4代:1751年 - 1776年
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- 次代
- 隆安
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