『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』(The Lord of the Rings: The War of the Rohirrim)は、2024年に公開されたアメリカ合衆国・日本・ニュージーランド合作のアニメ映画[3]。神山健治監督作品[3]。日本では2024年12月27日から公開された[3]。
J・R・R・トールキンの小説『指輪物語』を原作とし、ピーター・ジャクソンが監督・共同脚本を務めた映画3部作『ロード・オブ・ザ・リング』のスピンオフ作品であり、『ロード・オブ・ザ・リング』のおよそ200年前を舞台とした作品である[3]。
概要
原作小説の「追補編」に記されていたローハンのヘルム王の伝説(ローハンの王たち#槌手王ヘルムを参照のこと)に着想を得た作品である[3]。
本作はコンピューターグラフィックスによるアニメ作品ではなく、手描きによるアニメ作品であり、総作画枚数は13万枚となる[3]。カメラワークや登場人物、馬の動きにモーションキャプチャーを使用しており、2時間の映像の全カットを役者が演じたものを撮影し、作中に登場する騎兵が乗馬しているときの身体の揺れなど、どう動くかといった動きをすべて実際に撮り、そこから3Dのキャラクターを実写のように撮影して、それをベースにして手描きのアニメに起こしていくという3段階の製作過程が取られている[3]。
製作の経緯
2021年の5月ごろ、『ロード・オブ・ザ・リング』をアニメ映画にする企画がワーナー・アニメーションでおこり、実際にアニメで製作が可能かどうかワーナー・アニメーションから神山へ相談が持ち込まれた[4]。神山自身が『ロード・オブ・ザ・リング』三部作が大好きであったため、個人的に興味は惹かれたが、実際に制作すると製作スタジオとしても大変だし、そもそも不可能なのではないかと思っていた[4]。神山へ相談があった時点で原作小説の「追補編」にあるヘルム王の話を独立した映画にするという方向性は決まっていた[3]。舞台となるローハンは「人間の王国」であり、ホビットやエルフも登場せず、人間と馬しか出てこないため、アニメ的な要素も少ない[3]。しかしながら、神山には幼いころに「ハリウッド映画(正確には『スター・ウォーズ』)の監督になりたい」とも思っていたため、オファーを受けることにした[4]。
神山へのオーダーは、「手描きのアニメ映画であること」「制作期間はプリプロ、ポスプロを入れて2年」であった[4]。昨今の日本のアニメ映画は3年、4年の製作期間をかけるのが普通となっている[4]。また、現状、馬を描けるアニメーター、馬を描きたいというアニメーターはほとんどおらず、馬に限らずともアニメーターの数が絶対的に少ない状況であり、制作期間中に段階的にアニメーターのスケジュールを調整して参加してもらうという方法が日本のアニメ業界では常態化していた[4]。そこに3Dでアニメを作っていたときスキルも使用して、最終的に手描きの作画アニメに持っていこうと神山は考えた[4]。
アニメではレイアウトの決定から第一原画までが最も時間を要する作業工程であるが、そこをモーションキャプチャーを使い、3Dアニメとして「CG第一原画」というべきものを作る[4]。アニメーターの人たちには「正確なレイアウトと正確なアニメーションの第一原画を1年後に用意するから、残りの1年で作画を仕上げてくれ(そのために自身のスケジュールを空けておいてくれ)」というような依頼を行った[4]。
本作のキャラクターデザインを行った高須美野子と神山は本作が初顔合わせとなる[4]。これには神山がテレコム・アニメーションフィルムへ「(本作を製作するのに)向いている方がいれば参加してもらえないか」と相談したところ、高須が推薦されたのだった[4]。本作はヒロインが1人のみで、他の登場人物は割とゴツい「おじさん」である[4]。ヒロインとゴツいおじさんを同時に描け、同じトーンで1人ですべてのキャラクターを描けるところが高須の魅力と神山は語っている[4]。また、高須は総作画監督もほぼ1人で務めており、メインキャラクターについては高須が手を入れている[4]。それによって、作品全体として絵の統一感ができあがったと神山は語る[4]。
この他にも、コンピューターゲームなどで使用されているUnreal Engineを使い、キャラクターと馬や建物などの対比を実際の人間サイズに合わせて、仮想の3D空間内に作ったセットでモーションキャプチャーで撮った人間の芝居を実写のようにライティングしカメラで撮影することで、作品のレイアウトに可能な限りリアリティを持たせている[4]。
あらすじ
指輪を巡る戦いから183年前の物語。語り手(エオウィン)は、槌手王ヘルムの娘・ヘラの偉大な物語や歌の中で記憶されないであろう物語を語る。
ローハン王国の西方、ダンレンデイングたちの領域を治めるフレカは会議の招集に応じ、ヘラの幼なじみである息子のウルフと共に王宮を訪れる。フレカは、ローハンの王位を奪うためにウルフとヘラの結婚を強要しようとするがヘラは誰とも結婚する気が無かった。ヘルムとフレカは王宮の外で殴り合いを始め、ヘルムはフレカを一撃で殺してしまう。
ウルフは復讐を誓ってローハンを去り、その後消息が途絶える。ヘラもウルフの消息を追ったが、不明なままであった。
ある日、ヘラと彼女の半ダンレンデイングの従兄弟、フレアラフたちは、狂暴なな一頭のムマキルに遭遇する。ヘラはムマキルを森の湖に誘い込み、「水中の監視者」に食べさせて始末するが、ムマキルの跡を追っていたターグ将軍によって誘拐される。ヘラはアイゼンガルドのウルフの要塞に連れて行かれ、ウルフが山岳民族の反乱軍であるダンレンデイングの高位領主になっていることを知る。ヘラはローハンへの攻撃を止めるためにウルフと結婚することを申し出るが、ウルフは断りヘラを殺害しようとしたところを侍女[5]のオルウィンたちに救出される。
ウルフがローハンを侵略する。ヘルムはウルフ軍の規模が不明なことを理由に王都エドラスの民をダンハロー要塞に避難させるよう進言するが、ヘルム王はフレアラフを臆病者と考え、フレアラフを追い出す。ソーン卿が兵士を募り、ウルフ軍を挟撃すると約束した後、ヘルム王は戦闘の準備をする。ヘルム王が出陣した後にヘラはソーン卿がウルフと内通していた知り、ソーン卿はヘラを殺そうとするが、ヘラとヘラの馬によってソーン卿は殺される。戦闘は始まり、ヘラはヘルム王軍が数で劣勢であることを悟ると、エドラスの民をホンブルグに避難させるよう指示を出す。民の避難は間に合ったが、エドラスは戦火に包まれ、ハレスは戦死し、ハマは退却中にウルフに捉えられ、ホンブルグに籠城するヘルム王の降伏宣言(ヘルム王の命と王位とハマの交換)を無視して、ホンブルグ目前でハマを殺害する。ウルフはホンブルグを包囲し、巨大な攻城塔の建設を開始した。
ハレスとハマ、二人の息子喪った悲しみと退却戦時の負傷から意識の戻らないヘルム王を擁し、ホンブルグに厳しい冬が訪れる。そんなある日、ヘルム王を看病するヘラが目覚めると、寝台からヘルム王の姿が消えていた。その夜から、包囲軍の間で次々と襲われて死亡する兵が出て、ヘルム王の亡霊の仕業だと噂されはじめる。
ヘラは寝室を探っていると、隠し通路に落ち込んでしまう。その通路はホンブルグの外、包囲軍の布陣の後方に抜け出ることができた。そこで指輪を集めているオーク2人、トロルに襲われるが、そこをヘルム王に救われる。ヘルム王もまた隠し通路に落ち込み、単独で包囲軍の兵士を倒していたのだった。ヘルム王はヘラと共にホンブルグの門に向かい、包囲軍が追撃する。ヘルムはヘラの逃走を援護するために門の外に残り戦うが、仁王立ちのまま凍死する。
攻城塔が完成する。ヘラはヘルム王の兜が入った箱と共に大鷲に託し、フレアラフに助けを求めた。ホンブルグに避難してきた民を隠し通路を使って逃し、その時間稼ぎのためにヘラはホンブルグに眠っていた古い花嫁の衣装を着てウルフを挑発し戦いを挑む。ヘラはウルフを倒し、降伏を要求する。ウルフの部下のターグ将軍も包囲を解いて戦を終わらせるようウルフに助言するが、ウルフはターグ将軍を殺害し、総攻撃を命じる。そのとき、ヘルム王の兜をかぶったフレアラフの軍隊が到着し、角笛を吹き鳴らす。ヘルム王が蘇ったと恐れたダンレンデイングの兵たちは逃走する。ウルフはヘラに襲い掛かるが、を攻撃するが、ヘラはオルウィンの投げた盾を使ってウルフを倒し、ここに戦争は終結した。
ローハンの新たな王となったフレアラフの載冠式に現れた白の魔法使いサルマンはアイゼンガルドに助力を申し出る。一方、国の統治に興味が無かったヘラは、指輪を集めていたオークについて知りたいというガンダルフを名乗る者から手紙を受け取り、オルウィンを連れて旅に出る。
語り手は最後にヘラは人生の最後まで野性的で自由な人生だったと語る。
キャスト
ヘラとエオウィン
本作の主人公ヘラは原作小説での言及は「ヘルムには娘がいて、求婚されるも断った」の1行のみであり、名前も記されていない[7]。この「娘」をヘルム王の傍観者に設定し、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでは初となる人間の女性の主人公として設定したのは、フィリッパ・ボウエンのアイデアであり、監督の神山は「とても野心的でチャレンジングなもの」と感想を述べている[7]。同時に映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』から200年前の世界を舞台に「人間」が主人公であるという点と、ヘルム王を主人公としながらも、最後までヘルム王を見届けた映画オリジナルのキャラクター(ヘラ)をもう一人の主人公に添えているという点を神山は面白いと語っている[7]。
映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでミランダ・オットーが演じたなローハンの姫・エオウィンの姿と本作のヘラの姿は重なるが、それ故に「エオウィンよりも先に、同じことをした人物が存在した」となってしまうとエオウィンの尊厳を落としてしまう可能性があったため、神山はフィリッパ・ボイエンと議論を重ね、慎重な製作がされた[7]。
脚本のフィービー・ギッティンズは、エオウィンとヘラの共通点として、しっかりと自立し、強い意志を持っていて、自分の気持ちを包み隠さずに表現し、恐れから逃げず、正面から勇敢に立ち向かうことを挙げている[7]。ヘラの独自性については、半生を比較的平和な時代を過ごしてきたため、自由奔放な面があり、同時に野性的な一面もあって、周りの世界への好奇心と愛情にあふれ、冒険家精神があることを挙げている[7]。
エオウィンは本作の語り手として声で登場しており、ミランダ・オットーが声を担当している[7]。日本語吹替版では坂本真綾が担当する[7]。
名前は原作小説に登場するヘルム王(Helm)、その2人の息子の息子・ハレス(Haleth)、ハマ(Háma)のいずれもが「H」の頭文字となっているため、準じてヘラ(Héra)と名付けられている[5]。
サルマンの声優
終盤に登場する「白の魔法使いサルマン」は、実写映画3部作『ロード・オブ・ザ・リング』にも登場し、クリストファー・リー(2015年没)が演じている[8]。本作で描かれる「白の魔法使いサルマン」も実写映画と見間違えようのないほど、変わらぬ姿で描かれており、その声もクリストファー・リー自身の音声が使用されている[8]。
クリストファー・リー自身の音声をアニメ映画のサルマンの声に使用するアイデアは、フィリッパ・ボウエンが生前のクリストファー・リーから受け取った手紙と、クリストファー・リーの妻ギッテ・クロエンケ(Birgit "Gitte" Krøncke、1935年 – 2024年)と交わした会話から生まれている[8]。
生前のギッテ・クロエンケから承諾を得て、過去の『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのアーカイブから音声を探し出して実現したもので、本作で使われたサルマンの台詞は映画『ホビット 決戦のゆくえ』でサルマンがガラドリエルに尋ねる台詞「Are you in need of assistance, my Lady?」の別テイクを使用している[8]。
本作でのサルマンの台詞がアーカイブの中から見つかるかどうかは定かではなかったため、見つからなかった場合は同じ声が出せる別キャストを配役する可能性もあったとフィリッパ・ボウエンは語っている[8]。
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズとの関連
- ハワード・ショアによる『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのテーマ曲が本作の冒頭で少しだけ流れる[5]。
- ムマキル、水中の監視者、大鷲といったクリーチャーが登場する[9]。
- 本作に登場するオーク2人がモルドールの命で指輪を集めている旨の台詞を発する[9]。なお、このオークの声を担当したのは、ホビットのピピンを演じたビリー・ボイドと、メリーを演じたドミニク・モナハンであり、日本語吹替版でもこの2人を担当した飯泉征貴と村治学が務めている[9]。
- ガンダルフの名前がヘラの口から語られている[9]。
- 『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』
- セオデン王の台詞「槌手王ヘルムの角笛が渓谷に響き渡る!」にある「槌手王ヘルム」は本作のヘルム王のことである[5]。
- ローハン国王の居城であるメドゥセルドは外見も内部も映画と同じデザインとなっている[5]。
- 角笛城(ホンブルグ)にヘルム王の肖像画が飾られている[5]。
- エオウィンは「ローハンの盾持つ乙女」と呼ばれていたが、本作のオルウィンは「盾の乙女」の生き残りという設定になっている[5]。
- 角笛城の外観もほぼ同じである。『二つの塔』では角笛城の城壁の一部が破壊されているのだが、本作でその箇所を大鷲が壊している[9]。
出典
外部リンク