第6代準男爵 サー ・ロバート・グローヴナー (英語 : Sir Robert Grosvenor, 6th Baronet 、1695年 5月7日 – 1755年 8月1日 )は、グレートブリテン王国 の政治家。トーリー党 所属の庶民院 議員(在任:1733年 – 1755年)[ 1] 。
生涯
第3代準男爵サー・トマス・グローヴナー (英語版 ) とメアリー・デイヴィス(Mary Davies 、1665年ごろ – 1730年1月12日、アレクサンダー・デイヴィスの娘)の五男として、1695年5月7日に生まれ、16日にチェシャー のエクルズトン (英語版 ) で洗礼を受けた[ 2] 。1707年よりイートン・カレッジ で教育を受けた後[ 3] 、1712年10月21日に兄トマス とともにオックスフォード大学 ブレーズノーズ・カレッジ に入学、1716年にインナー・テンプル に入学した[ 4] 。
トーリー党 の家系であるグローヴナー家はシティ・オブ・チェスター選挙区 (英語版 ) の有力者で、1715年より同選挙区で少なくとも1議席を有していたが、地元のホイッグ党 員は議席の奪取を試み、1732年のチェスター市長 (英語版 ) 選挙では激しい選挙戦の末グローヴナー家の推す候補が当選した[ 5] 。そして、1733年1月31日にロバートの兄にあたる第5代準男爵サー・トマス・グローヴナー が死去すると、ロバートは準男爵 位を継承した[ 2] 。トマスが現職議員だったため補欠選挙が行われ、ロバートは暴動が起きないよう守備を強化した上でホイッグ党の立候補者リチャード・マンリー(Richard Manley )を300票差(879票対547票)で撃破した[ 5] 。直後の1734年イギリス総選挙 でも得票数1位(956票)で難なく再選[ 5] 、1737年にはチェスター市長を務めた[ 3] 。議会では一度も投票しなかったという[ 1] 。
資産家であり、1742年時点のグローヴナー家の年収は約22,000ポンドだった[ 6] 。
1745年ジャコバイト蜂起 ではチャールズ若僭王 への加勢が噂されたが、実際には国王ジョージ2世 の宮廷に現れ、蜂起に加担しなかった[ 3] 。
1755年8月1日に死去、12日にチェシャー のエクルズトン (英語版 ) で埋葬された[ 2] 。息子リチャード が準男爵位を継承した[ 2] 。
家族
1730年5月21日、ジェーン・ウォー(Jane Warre 、1705年ごろ – 1791年5月5日埋葬、トマス・ウォーの娘)と結婚[ 2] 、2男4女をもうけた[ 3] [ 7] 。
リチャード (1731年6月18日 – 1802年8月5日) - 第7代準男爵、初代グローヴナー男爵、初代グローヴナー伯爵
トマス (1734年3月 – 1795年2月12日) - 庶民院議員。1758年9月21日、デボラ・スキナー(Deborah Skynner 、スティーヴン・スキナーの娘)と結婚、子供あり[ 8]
メアリー(1736年ごろ – 1774年2月2日) - 生涯未婚[ 7]
エリザベス(1738年ごろ – 1805年12月20日) - 生涯未婚[ 7]
ジェーン(1738年3月没)[ 7]
ドロシー(1774年2月25日没) - 1766年2月6日、アッシュトン・カーゾン (英語版 ) (後の初代カーゾン子爵 )と結婚、2男5女をもうけた[ 9]
出典
^ a b Brooke, John (1964). "GROSVENOR, Sir Robert, 6th Bt. (1695-1755), of Eaton Hall, nr. Chester." . In Namier, Sir Lewis ; Brooke, John (eds.). The House of Commons 1754-1790 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年8月15日閲覧 。
^ a b c d e Cokayne, George Edward , ed. (1900). The Complete Baronetage (1611–1625) . Vol. 1. Exeter: William Pollard & Co. pp. 190–191.
^ a b c d Cruickshanks, Eveline (1970). "GROSVENOR, Robert (1695-1755), of Eaton Hall, Cheshire." . In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年8月15日閲覧 。
^ Foster, Joseph , ed. (1891). "Greenhill-Gysby" . Alumni Oxonienses 1500-1714 (英語). Oxford: University of Oxford. pp. 600–625.
^ a b c Cruickshanks, Eveline (1970). "Chester" . In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年8月15日閲覧 。
^ Cruickshanks, Eveline (1970). "GROSVENOR, Sir Richard, 4th Bt. (1689-1732), of Eaton Hall, Cheshire." . In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年8月15日閲覧 。
^ a b c d Ormerod, George (1819). The History of the County Palatine and City of Chester (英語). Vol. II. London: Lackington, Hughes, Harding, Mavor, and Jones. p. 455.
^ Port, M. H. (1986). "GROSVENOR, Thomas I (1734-95), of Swell Court, Som." . In Thorne, R. G. (ed.). The House of Commons 1790-1820 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年8月15日閲覧 。
^ Brooke, John (1964). "CURZON, Assheton (1730-1820), of Penn House, nr. Amersham, Bucks." . In Namier, Sir Lewis ; Brooke, John (eds.). The House of Commons 1754-1790 (英語). The History of Parliament Trust. 2020年8月15日閲覧 。
外部リンク