マデイラバト [ 6] [ 7] Columba trocaz は、マデイラ諸島 の固有種 のハト である。体の大部分は灰色であり、胸はピンク色、首は銀色である。羽に白い模様がないことで、近縁種であり恐らく祖先であるモリバト と区別される。弱く、低音で、6音の特徴的な鳴き声を出す。嵩高い体形や長い尾にも拘らず、素早く直線的に飛ぶ。マデイラバトは、照葉樹林 で繁殖する珍しい鳥であり、小枝で作った壊れやすい巣に、白い卵を1つ産む。マデイラ諸島への入植以降、マデイラバトの数は急激に減り、ポルト・サント島 では既に絶滅した。減少の主な要因は、森林の開拓による生息環境の破壊であるが、帰化 したラット による成体や卵の捕食も一因となっている。照葉樹林の保護や捕獲の禁止により数を増やすことができ、既に危急種 ではなくなっている。
形質
マデイラ島のMonte Palace Tropical Gardenで(2019年8月)
比較的無地の暗い灰色で、体長は40 - 45 cm、翼長は68 - 74 cmである[ 8] 。背側の上半分は光沢のある紫色で、頸部 の背側に来ると緑色になり、頸部の側面は銀白色の模様がある。尾は黒色で、幅広の淡い灰色の帯模様がある。風切羽 は黒色である。胸の上部はピンク色で、目は黄色である。嘴は先端が黄色く、基部は赤紫色である。脚は赤い。雌雄の外観は似ているが、若鳥は一般的に羽の色がより茶色であり、頸部の銀色の模様もないかあまり発達していない。羽の縁が淡いバフ色 であるため、閉じた翼は、鱗 のように見える[ 9] 。鳴き声はモリバトと比べて弱くて太く、通常は真ん中の2音節が長くアクセントが置かれ「ウーウー、フルーフルー、ホーホー」というる6音節の鳴き声になる[ 8] 。体は重く見え、尾も長いが、飛行の際は素早く直線的である[ 9] 。
モリバト には、厳密に定義がなされていないマデイラ諸島の亜種 Columba palumbus maderensis がいた。これはマデイラバトよりも色が薄く、羽の模様は白く、後頸 の緑色の構造色 はより大きいが[ 9] 、1924年以前に絶滅した[ 10] 。カナリーバト Columba bollii は、外見がよりマデイラバトに近いが、頸部に白色の模様はなく、胸のピンク色はより強い。しかし、この種はカナリア諸島 の固有種であり、生息域は重なっていない[ 8] 。マデイラ諸島に存在するカワラバト属 の他の唯一の現存種はドバト (カワラバト)であり、これはより痩せた体形で、より尖った翼と短い尾を持つ。翼の模様はしばしば黒く、より軽い飛行をする[ 9] 。
分類
1827年に Mr Carruthers が採取した個体に基づくイラスト
カワラバト属 Columba はハト科 の中で最も大きな分類群で、分布も最も広い。色は全体的に淡い灰色もしくは茶色で、しばしば頭や頸部に白い模様を持ち、頸部や胸には構造色 の緑色または紫色の模様を持つ。頸部の毛は、溝を形成するように固まって並んでいる。カワラバト属の中の1つの属内分類群には、ユーラシアに広く分布するモリバト Columba palumbus や、カナリーバト Columba bollii 、本種マデイラバト、アフリカのハラジロバト Columba unicincta 等が含まれる。マカロネシア の2つの固有種であるカナリーバトとマデイラバトは、モリバトから離島で進化したものと考えられている[ 11] 。
カナリア諸島、アゾレス諸島 、マデイラ諸島等の大西洋 の諸島は火山 に由来するもので、これまで大陸の一部だったことはない。マデイラ諸島の形成は中新世 に始まり、約70万年前に完成した[ 12] 。過去の様々な時点において、これらの諸島の主要な島は全てモリバトの祖先が生息しており、大陸から隔離された各々の島で独自の進化をしたと考えられる。ミトコンドリアDNA 及び核DNA による系統解析から、カナリーバトの祖先は約500万年前にカナリア諸島にやってきたが、もう一つのカナリア諸島固有種であるゲッケイジュバト Columba junoniae の祖先系統は、約2000万年前に遡ることが分かっている[ 13] 。マデイラ諸島にもっとも最近やってきたモリバトが、亜種 Columba palumbus maderensis の起源となった[ 10] 。
マデイラバトは、当時マデイラ諸島に在住していたドイツ人の医師で鳥類学 者のカール・ハイネケン により、1829年に一度記載された。彼はそれを、彼自身"Palumbus"と呼んでいた、地元で既に絶滅した亜種とは異なるものと認識し、この2種は交雑したり、習慣的に一緒にいることはなかったと記している。彼はこの新しい種を、地元の名前である"trocaz "と呼ぶことを提案した[ 14] 。"trocaz "という言葉はポルトガル語でモリバトを表し、この鳥の頸部の模様に色があることから、ラテン語で「襟」という意味の"torquis "という言葉に由来する[ 15] 。単型 種であるが、過去にはカナリーバトがマデイラバトの亜種とされることもあった[ 16] 。
分布と生息
シャルル・リュシアン・ボナパルト は、1855年にマデイラバトをTrocaza bouvryi と記載した。
マデイラバトは、マデイラ諸島の主要な島の亜熱帯気候の山地に固有に生息するが、かつては近隣のポルト・サント島でも繁殖していた。主に山地の北側斜面に生息するが、照葉樹林が存在する南側斜面でも少数が生息している[ 17] 。
天然の生息域は、背の高い照葉樹林 や年間を通して雲に覆われた密度の高いヒース林 (低木林)である[ 18] 。この森林の構成要素は、Laurus novocanariensis や Ocotea foetens 、Persea indica 、Apollonias barbujana (いずれもクスノキ科 )、ミリカ・ファヤ [ 19] Myrica faya (ヤマモモ科 )、Clethra arborea (リョウブ科 )などの種である。マデイラバトは一次林 を好むが、餌を取るのに二次林 も利用する。また、特に果実が不足した時等には、農地を訪れることもある[ 9] 。本種の大部分は標高1000 m以下で見られ、主な生息地は、多くのヒース林に時折クスノキ科の枯れ木が混じる、人工水路に沿った急ででこぼこの斜面である[ 18] 。年間の異なる時期には、かなり離れた地域まで移動する[ 17] 。
行動
繁殖
生まれた年から繁殖することができ、営巣は主に2月から6月であるが、年中行われる。
誇示行動 は、モリバトに似ており、オスは飛行中急速に上昇し、大きく羽ばたきし、その後、翼と尾を広げながら滑空する。止まり木に戻るまでに、この誇示行動は2 - 3度繰り返される。地上では、オスは首を膨らませて傾け、遊色の模様を見せる。その間、尾を上げて扇ぎ、また閉じる。この行動には通常鳴き声が伴う。巣はハトに典型的な構造で、小枝や草で木の高い位置に平たい巣を作る。そこに1個、稀に2個の滑らかで白色の卵を産むが[ 9] 、ヒナが2羽いる巣はこれまで見つかっていない[ 20] 。卵は3.0 - 5.0 cmの大きさで[ 21] 、19-20日間で孵化する。ヒナは28日間で飛べるようになり、8週間で巣立つ[ 9] 。
食餌
専ら草食であり、食物の約60%は果実、残りのほとんどは葉で、1%が花である。特に、Ocotea foetens や Laurus azorica 、Persea indica の果実、Ilex canariensis (モチノキ科 )の果実や葉等が多く食べられる。Laurus azorica を除き、種子の大部分は消化管を無傷で通過する。秋や冬には果実が主に食べられ、果実が不足する春から夏には葉が食べられる。ある研究では、食べられた葉の27%が在来種の木、61%が草や低木、10%近くがリンゴやモモ等の外来種の木であった[ 22] 。農地では、キャベツが最も良く食べられている。農地の糞には在来種がほとんど含まれておらず、森林の糞は作物を含んでいないため、個体によって食性の傾向がかなり異なることが分かる。耕作地での食餌は、果実が最も手に入りやすい冬に最も多いため、森林を離れる要因は食料不足ではなく[ 23] 、多くは単に移動で近くを通りかかることによるものと考えられる[ 24] 。しかし、Ocotea foetens や Laurus azorica の果実が少なくなると、キャベツやサクラの花、ブドウの芽を食べるために多くが森林を離れた[ 9] 。島の一部では、食べ物を巡るラットとの争いが激しくなりうる[ 20] 。
保全状況
かつては、マデイラ諸島の主要な島とポルト・サント島で繁殖していた。島に人が入植する前には非常に豊富にいたが、ポルト・サント島では既に局所絶滅 し、また1986年までには、その数は2700羽ほどに減っている。この年、狩猟が禁止され、現在は、160 km2 ほどの生息適地に7500羽から1万羽が生息している。
森林から家畜を排除することで、森林を再生し、より適した生息地を作る出すことができる。作物を荒らす被害があるために密猟 や毒殺が続いており、政府は2004年に選抜除去を認めた。個体数の増加速度を制限する最も大きな要因は、帰化したクマネズミ による卵やヒナの捕食かもしれない。
マデイラ自然公園 は、マデイラバトの保護計画を持っており、教育キャンペーンや鳥威し により、迫害を減らせることが期待されている。個体数の増加により、国際自然保護連合 のレッドリスト では、1988年から低危険種 に分類されている[ 25] 。この鳥は、欧州連合 のBirds Directiveで、生息地の照葉樹林はHabitats Directiveで保護されている[ 20] 。
出典
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外部リンク
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