ハーバート・ジョン・クリフォード大尉(Captain Herbert John Clifford, 1789年、ノバスコシア州 – 1855年9月9日、アイルランド、ウォーターフォード、トラモア)は、ナポレオン戦争中のイギリス海軍の将校であり、琉球海軍伝道会(英語版)(1843年)の創設者だった[1]。1818年には、『日本海の大琉球島において話される言語の語彙 (Vocabulary of the Language Spoken at the Great Loo-Choo Island, in the Japan Sea)』を出版し、これは「数十年間、西欧における琉球語に関する唯一の最も重要な資料であった[2]」とされている。
クリフォードの父親のジョン・デューク・クリフォード (John Duke Clifford)は、アイルランドのスライゴ (Sligo)にあるクローンラーグ (Cloonlurg)からノバスコシア州のハリファックスに移住し、エリザベス・(コリンズ)クリフォード (Elizabeth (Collins) Clifford)と結婚した(1788)。クリフォード大尉は翌年に生まれた。彼はジョン・ベックウィズ(英語版)将軍と共にハリファックス・グラマー・スクール(英語版)に通った[3]。
^Handbook of the Ryukyuan Languages: History, Structure, and Use edited by Patrick Heinrich, Shinsho Miyara, Michinori Shimoji
^ abHill. “Nova Scotia and Nova Scotians [microform : a lecture delivered before the Literary and Debating Society of Windsor, N.S. and afterward at the Temperance Hall, Halifax, in behalf of the Athenæum]”. [Halifax, N.S.? : s.n.]. 31 March 2019閲覧。