エロール・ジマーマン(Errol Zimmerman、1986年4月20日 - )は、オランダのキックボクサー。キュラソー系オランダ人[1]。ゴールデン・グローリー所属。
人物
K-1のプロデューサーである谷川貞治は「見た目にも戦い方にも華がある。イチオシ」とその将来性に期待を寄せている。対戦相手の腕の骨や頭蓋骨を骨折させたことがあることから『The Bonecrusher(ボーンクラッシャー)』というあだ名がついている。骸骨の絵柄の「ボーンスーツ」を着て入場することもあり、試合時のトランクスとアンクルガードも骨をかたどったものを使用している。
2008年9月26日に放送されたSRSの番組内にて、西山茉希がジマーマンの名前を略して「エロジマン」と呼んだことをきっかけで、K-1とフジテレビによってK-1 WORLD GP 2008 FINAL前には積極的に「エロジマン」というあだ名の定着が図られ、ジマーマン本人もあだ名の意味を「つまり、俺がセクシーだってことだろう?」とポジティプに理解した上でこのあだ名を気に入っている[2][3]。
チームメイトのグーカン・サキとは非常に仲が良く、二人の試合が同日同会場で行われた時は、自分の試合を終えた直後であっても休むことなく、必ずお互いのセコンドに就き合っている。
実弟のベンジー・ジマーマンもキックボクサー[4]。
来歴
2004年7月2日、Kings of the Ringにてトーナメントに参戦し、1回戦でアントニオ・メデリンに膝蹴りで2RKO勝利、準決勝でトーマス・ハロンに判定負け。
同年11月26日、ハロンと再戦し、5R終了2-1のスプリット判定勝ちでリベンジ成功。
2005年3月19日、KO勝ちでMTBN オランダ・ムエタイ 86kg級王座を獲得。
同年4月2日、K-1 Canarias 2005のトーナメントに参戦し、1回戦と準決勝を1RKO勝ちで勝ちあがるも決勝でヘンリクエス・ゾワに敗れて準優勝。
同年10月2日、ヘンリクエス・ゾワと再戦し、判定勝ちでリベンジ成功。
2006年5月22日、K-1スカンジナビア大会のトーナメント1回戦でジョナサン・グロマークに3RKO勝利、準決勝でマゴメド・マゴメドフに判定負け。
同年6月17日、K-1 Canarias 2006のトーナメント1回戦でグレゴリー・トニーに判定負け。
同年12月9日、オランダで行われたthaiboxgala Roosendaal Lijsdreem "Judgement Day"にて、アーネスト・ホーストが「次代のK-1を担う新鋭」と認めたナオフォール“アイアン・レッグ”と再戦。9ヶ月前の初対戦時はジマーマンがKO負けしており、ナオフォールへの高評価もあって不利が予想されたが、番狂わせの3RKO勝ちでリベンジ成功。この勝利で一躍ファンや関係者から注目されるファイターとなった。
2008年4月26日、K-1 WORLD GP 2008 IN AMSTERDAMでは準々決勝でアティラ・カラチにTKO勝ち、準決勝ではビヨン・ブレギーに先制のダウンを奪われながらも逆転KO勝ち、決勝ではザビット・サメドフに物議を醸す判定によって勝利し、優勝。WORLD GPの出場権を獲得した。
2008年9月27日、K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16でグラウベ・フェイトーザから2度のダウンを奪い判定勝ち。左右のフックの連打でフェイトーザからダウンを奪うと、ファイティングポーズをとったばっかりのフェイトーザに強烈な跳び膝蹴りを浴びせるシーンもあった。
2008年12月6日、K-1 WORLD GP 2008 FINALの準々決勝で同じく初出場のエヴェルトン・テイシェイラからダウンを奪い判定勝ち。続く準決勝ではバダ・ハリとダウンを奪い合う激闘を繰り広げるも3Rに逆転KO負け。
2008年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜でミノワマンと初挑戦となるDREAMルールで対戦し、足首固めで一本負けを喫した。試合後、「自分としてはベストを尽くした。MMAは今回が初めてだったが、自分を盛り上げてがんばった。次回もMMAをやりたいと思っている。今回は1週間しかトレーニングできなかったが、次はもっと練習して臨みたいと思う。」とコメントした。
2009年3月28日、K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMAにてピーター・アーツと対戦し、延長まで縺れ込むも判定負け。
2009年9月26日、K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16でグラウベ・フェイトーザと再戦し判定勝ち。
2009年12月5日、K-1 WORLD GP 2009 FINALでレミー・ボンヤスキーと対戦し、1Rにダウンを奪われ判定負け。
2010年4月3日、K-1 WORLD GP 2010 IN YOKOHAMAでK-1スーパーヘビー級王者セーム・シュルトに挑戦し、判定負けで王座獲得ならず。
2010年10月2日、K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16にてダニエル・ギタと戦い、右ストレートでKO負けを喫した[5]。
2011年5月28日、ムラッド・ボウジディと再戦し、判定勝ちでリベンジ成功。
2011年11月17日、SuperKombat: Fight Clubトーナメントに参戦し、1回戦で1RKO勝ち、準決勝でステファン・レコとの同門対決でも1RKO勝ち、決勝でロマン・クレイブルに2RKO勝ちして優勝。
2012年1月28日、IT'S SHOWTIME 54 & 55にて、リコ・ヴァーホーベンと対戦し、左フックで1RKO勝ち[6]。
戦績
キックボクシング
キックボクシング 戦績
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93 試合
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(T)KO
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判定
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その他
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引き分け
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無効試合
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75 勝
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40
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35
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0
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1
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1
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16 敗
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7
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9
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0
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総合格闘技
総合格闘技 戦績
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1 試合
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(T)KO
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一本
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判定
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その他
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引き分け
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無効試合
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0 勝
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0
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0
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0
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0
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0
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0
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1 敗
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0
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1
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0
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0
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獲得タイトル
- MTBN オランダ・ムエタイ 86kg級王座 2005
- K-1 Canarias 2005 準優勝
- K-1 WORLD GP 2008 EUROPE GP 優勝
- SuperKombat: Fight Club 2011 トーナメント 優勝
- GLORYヘビー級王座挑戦者決定トーナメント 優勝
脚注
関連項目
外部リンク