Cre-loxP 部位特異的組換え は、1981年にバクテリオファージ P1の研究で見出された部位特異的組換え 反応である[ 1] 。loxP という特定のDNA 配列を標的としており、DNA組換え酵素Creにより触媒される。1987年デュポン 社(当時)のBrian Sauerが真核生物 での応用法を開発したのを端緒に[ 2] [ 3] 、現在では条件的遺伝子ノックアウト を実施する目的などで広く使われる技術となっている。
原理
バクテリオファージP1が大腸菌 内で増殖する際には、ファージのゲノム を環状化し複製するためにこの組換えシステムを利用している。この反応に必要な構成要素は組換え酵素のCreと標的配列のloxP だけである。
組換え酵素Cre
Creタンパク質は部位特異的組換え酵素であり、DNA分子の特定の配列(loxP )同士の間で組換えを起こす。343残基からなり分子量はおよそ38 kDaである。
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チロシンリコンビナーゼファミリーに属しており、アミノ末端 側の一部分を除けばラムダファージ のインテグラーゼ と良く似た構造をしている。
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creはcauses recombination の意。[ 1] なお、タンパク質名がCreであり、遺伝子名はcre である。
反応機構はおよそ次のとおりである。まずCreの単量体2つがloxP 配列両端の13 bpの配列をそれぞれ認識し、それが2組集合することで反応の場が形成される。Creの324番目のチロシン がloxP の切断部位を攻撃して鎖交換を触媒し、ホリデイ・ジャンクション の異性化を経て、再び同様の鎖交換が行われる。[ 5]
標的配列loxP
loxP は元来バクテリオファージP1 のゲノム中にある34塩基からなる配列であり、
中央8 bpは非対称な配列でその両側13 bpが対称になっている。
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loxはlocus of crossing over に、PはファージP1に由来している。[ 1]
Cre結合部位
組換え部位
Cre結合部位
ATAACTTCGTATA -
G^CATACAT
-TATACGAAGTTAT
応用技術
この技術によって、研究者は研究対象の生物の遺伝子発現 を制御したり、特定のDNA配列を除去したり、染色体 構造を改変したりすることが容易になった。
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Creは一般には存在しない酵素であるため、遺伝子組換え技術により利用したい細胞でCreが生産されるようにする必要がある。言い換えれば、発現されるように細工した細胞以外では組換えが起こらない。またloxP 配列も34 bpと長いため、通常は内在していないと考えられる。したがって、特定の場所にloxP 配列を用意すれば、その場所以外で組換えが起きる可能性は極めて低い。
細胞 がCreを生産すると、その細胞のゲノム中にあるloxP 部位同士の間で組換えが起きる。
1つのDNA分子に2つのloxP 配列がある場合、その向きによって結果が変わる。
loxP 同士の向きが逆であれば挟まれた配列は反転するが、同じ向きだと挟まれた配列が切り出される。
これによって例えば染色体の一部を転置・欠失させたり、染色体同士を転位させたりすることができる。
loxP 配列が逆向きの場合
loxP 配列が同じ向きの場合
条件的ノックアウト
個体の発生に必須な遺伝子は単純な方法ではノックアウト個体を得ることができないが、Cre-loxP 系を用いることで特定の条件下でのみ遺伝子ノックアウト することが可能になる。
発現特性が既知のプロモーター を利用して、Creを特定の組織あるいは特定の時期に生産するマウス を用意する。
例えばもし脳 でだけOFFにしたいなら、そこでだけ機能するプロモーターをさがし、
その後ろにCreの遺伝子cre を繋げて、脳でだけCreが生産されるようにする。
次に、目的遺伝子の前後にloxP を挿入したマウスを用意する。
この2つのマウスを交配させて得られた子孫のうち、双方の遺伝子を持つものを選択する。
Cre-loxP システムによるノックアウトマウス作成の概略。cre を遺伝子導入 したマウス(左上)と、解析対象の遺伝子をloxP で囲み下流にGFP遺伝子を配置したマウス(右上)とを掛け合わせる。cre が発現した細胞(左下)では解析対象の遺伝子が排除されるため、仮にその遺伝子が発現すべき時には代わりにGFP が発現する。cre が発現しない細胞(右下)では元々の遺伝子が発現する。どの細胞でいつcre が発現するかはcre のプロモーターが決定する。
使いたいプロモーターが胚発生 の初期にも活性化してしまうことはよくある。
そんな場合のために、cre のプロモーターを改変してドキシサイクリン やタモキシフェン などの薬剤を使って活性化を誘導出来るようにすることで、確実にノックアウトを制御できる系がある。
条件的遺伝子修復
loxP の向きを調整することで、遺伝子を排除してしまうのではなく、
逆位 させて機能を止めておき、必要に応じて再び逆位させて機能を回復させることもできる。
選択マーカーの除去
遺伝子改変をする際に、薬剤耐性 などの選択マーカー を利用することがよくある。
しかしこうした選択マーカーの存在が実験結果をゆがめる可能性が存在する。
そこで、マーカー遺伝子の前後にloxP を配置して遺伝子改変を行い、
目的の改変個体を得た後でcre の発現を誘導すれば、選択マーカーを除去することができる。
出典
^ a b c Sternberg, N. and Hamilton, D. (1981). “Bacteriophage P1 site-specific recombination. I. Recombination between lox P sites”. J. Mol. Biol. 150 (4): 467-486. doi :10.1016/0022-2836(81)90375-2 . PMID 6276557 .
^ Sauer, B. (1987). “Functional expression of the Cre-Lox site-specific recombination system in the yeast Saccharomyces cerevisiae ” . Mol. Cell. Biol. 7 (6): 2087-2096. PMID 3037344 . http://mcb.asm.org/cgi/reprint/7/6/2087.pdf .
^ アメリカ合衆国特許第 4,959,317号
^ Sternberg, N., Sauer, B., Hoess, R. and Abremski, K. (1986). “Bacteriophage P1 cre gene and its regulatory region. Evidence for multiple promoters and for regulation by DNA methylation”. J. Mol. Biol. 187 (2): 197-212. doi :10.1016/0022-2836(86)90228-7 . PMID 3486297 .
^ a b Ghosh, K. and Van Duyne, G.D. (2002). “Cre-lox P biochemistry”. Methods 28 (3): 374-383. doi :10.1016/S1046-2023(02)00244-X . PMID 12431441 .
^ Hoess, R.H., Ziese, M. and Sternberg, N. (1982). “P1 site-specific recombination: nucleotide sequence of the recombining sites.” . PNAS 79 (11): 3398-3402. PMID 6954485 . http://www.pnas.org/content/79/11/3398.full.pdf .
^ Nagy, A. (2000). “Cre recombinase: The universal reagent for genome tailoring” . Genesis 26 (2): 99-109. PMID 10686599 . http://www3.interscience.wiley.com/cgi-bin/fulltext/70001850/PDFSTART .
外部リンク
Cre/loxPシステム - 脳科学辞典