ATS・D6は、ATSチームが1983年のF1世界選手権用に製作したフォーミュラ1カー。デザイナーはグスタフ・ブルナー。
開発
ブルナーの手によるカーボンファイバー製モノコックシャシーに、前年までのフォード-コスワース DFVに変えてBMW・M12/13エンジンを搭載した。シーズンを通して3台のシャシーが製作された[2]。D6はF1の歴史で初めてメス型成型のカーボン・コンポジット成型によって製作されており、モノコック表面がそのまま外皮となり、モノコックをカバーするカウルを必要としない構造となっていた[3]。カラーリングの黒の部分はカーボン地肌そのままにされており、これは新しい製造方法をアピールするためでもあった。この設計手法は以後、ブルナーが移籍するフェラーリをはじめ他チームが模倣し、F1界でのスタンダードとなる発明であった[4]。
レース戦績
前年までの2台体制に変わって1983年はドイツ人ドライバーのマンフレッド・ヴィンケルホック1台体制で戦うこととなった。ヴィンケルホックは予選では好位置に付けるものの、チームは信頼性に欠ける車に苦しめられた。独善的で悪名高いオーナーのギュンター・シュミットは、チーム運営上の決定を数多く下したが、結果にインパクトを与えることは無かった[2]。
ヴィンケルホックは予選で常にトップ10入りした。予選最上位は7位が3回で、サンマリノ、ベルギー、カナダであった。完走したのは4回のみで、ヨーロッパグランプリでの8位が最高であった[1]。
F1における全成績
(key) (太字はポールポジション)
注
参照
- Nye, Doug (1985). Autocourse History of the Grand Prix Car 1966-1985. Richmond, Surrey, United Kingdom: Hazelton Publishing. ISBN 0905138376
外部リンク
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