必ずしも全ての写像が逆写像を持つわけではなく、上記の条件を適用するためには「値域 Y の各元 y に対して、f で y に写されるような定義域 X の元 x がちょうど一つ存在する」必要がある。この性質を満たす写像 f は一対一あるいは単射と呼ばれる。f および f −1 がそれぞれ X および Y 上の写像となるとき、これらはともに全単射となる。後述するように、全単射とならない単射の逆は部分写像として与えられる(すなわち、対応する値が定義されない y ∈ Y が存在する)。
例
函数 f (x) = x2 はどのような種類の数の集合を(定義域として)考えるのかによって、可逆になることもあるしならないこともある。
定義域として実数直線全体を考えれば、各 y ≠ 0 に対して対応する定義域 X の点が二種類(一方は正で他方は負)が考えられるから、出力値から入力値を特定することができず、これは可逆でない。
と書いて 「f は集合 X の元を集合 Y の元に写す写像である」ことを表す。出元である X を f の始域といい、行先の Y を f の終域という。f の終域は f の値域を部分集合として含み、また終域は f の定義の一部とみなされる[3]。
終域を気にする立場では、写像 f: X → Y の逆写像は始域 Y と終域 X を持つ必要がある。逆写像が Y の全域で定義されるためには、Y の全ての元が写像 f の値域に入っていなければならない。このような性質を持つ写像は上への写像(onto function) または全射(surjection) という。ゆえに、終域を持つ写像が可逆となる必要十分条件は、それが一対一かつ上への写像となることである。そのような写像は、一対一対応(one-to-one correspondence) または全単射(bijection) といい、Y の各元 y にちょうど一つの元 x ∈ X が対応するという性質を持つ。
のグラフは同一である。このことは x と y の役割が入れ替わっていることを除けば、方程式 y = f(x) が f のグラフを定義することと同じである。したがって、逆函数 f−1 のグラフは、函数 f のグラフで x と y の位置を入れ替えることによって得られる。これは、これらのグラフが直線 y = x に関して線対称であるといっても同じことである。
写像 f: X → Y に対し、f の左逆写像(left inverse) あるいは引込み(retract) とは、
を満たす写像 g: Y → X のことをいう。つまり、X の各元 x に対して g は
を満たす。したがって g は f の値域上では f の逆写像と一致しなければならないが、値域に入らない Y の元に対してはどのような値をとろうとも支障ない。写像 f が左逆写像をもつならば f は単射であることが次のように証明できる。写像 f: X → Y に対し、 g: Y → X を f の左逆写像とする。 x, y ∈ X が f(x) = f(y) を満たすとすると、 g(f(x)) = g(f(y)) から idX(x) = idX(y) なので、 x = y. したがって、 f は単射である。
逆に写像 f: X → Y が(空写像ではない)単射ならば、適当な x0 ∈ X を選んで、次のように左逆写像 g: Y → X を構成することができる。
このように古典数学では任意の単射 f は左逆写像を持つことが必要となるが、構成的数学においては偽となり得る。例えば、二元集合から実数直線への包含写像 {0,1} → R の左逆写像は、実数直線から二点集合 {0,1} への引込みを与えるとき既約性(英語版)に反する[疑問点 – ノート]。
右逆写像
写像 f: X → Y に対し、f の右逆写像(right inverse) あるいは切断もしくは断面(section) とは
を満たす写像 h: Y → X のことをいう。つまり h は Y の各元 y に対して
なる条件を満足する。したがって h(y) は f によって y へ写されるような x ならばどのようなものでもよい。写像 f が右逆写像をもつ必要十分な条件は、f が全射となることである(ただし一般には、選択公理が必要となるので、右逆写像を構成的に得ることはできない)。
(証明)写像 f: X → Y に対し、 h: Y → X を f の右逆写像とする。このとき、任意の y ∈ Y に対して x = h(y) とすれば、 f(x) = y となるので f は全射。
逆に写像 f: X → Y を全射とする。すると、任意の y ∈ Y において f の原像f−1({y}) は空ではない。したがって集合族(f−1({y}))y ∈ Y (これは f による X の類別でもある)に対して選択関数φ : (f−1({y}))y ∈ Y → X が定義できる。このとき、 h(y) = φ(f−1({y})) は Y から X への写像となっており、 f(h(y)) = y となることから h は f の右逆写像である。∎
左逆写像にも右逆写像にもなっている逆写像は一意でなければならない。同様に、g が f の左逆写像のとき、g は f の右逆写像である場合もあるし、そうでない場合もある。また h が f の右逆写像であるときも、h は必ずしも左逆写像でなくてよい。例えば f: R → [0, ∞) が R の各元 x に対してその平方を与える函数 f(x) = x2 とし、g: [0, ∞) → R を各 x ∈ [0, ∞) に対して正の平方根を与える函数 g(x) = √x とすると、[0, ∞) のどの元 x に対しても f(g(x)) = x が成り立つ。つまり、g は f の右逆函数である。しかし、例えば g(f(−1)) = 1 ≠ −1 であるから、g は f の左逆函数にはなっていない。
原像
f: X → Y を(必ずしも可逆でない)任意の写像とするとき、Y の元 y の原像または逆像が、f によって y に写される X の元全体の成す集合
として定まる。y の原像は、全逆写像による y の像(完全逆像)として考えることができる。
同様に、S を終域 Y の任意の部分集合とすると、S の f による原像が、f によって S へ写される X の元全体からなる集合
として定まる。たとえば、函数 f: R → R; x ↦ x2 を考えると、この函数は既に述べたように可逆ではないが、しかし終域の部分集合に対する原像は定義できて、たとえば
となる。一つの元 y ∈ Y の原像(同じことだが、一元集合{y} の原像)は、y のファイバー(fiber) と呼ばれることもある。Y が実数全体からなる集合のとき、f−1 は等位集合として言及されることも多い。