第34回読売新聞社杯全日本選抜競輪は、2019年2月8日から11日まで、まで、別府競輪場で行われた競輪のGI競走である。優勝賞金は2,990万円(副賞含む)[1]。
決勝戦
競走成績
着 |
車番 |
選手 |
登録地 |
級 班
|
着差 |
決まり手
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上がり (秒) |
H/B |
特記[6]
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1 |
1
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中川誠一郎
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熊本 |
S1
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|
逃げ
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11.8 |
B |
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2 |
9
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佐藤慎太郎
|
福島 |
S1
|
1/2車輪 |
差し
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11.4 |
|
走注14-1
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3 |
5
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吉澤純平
|
茨城 |
S1
|
1/2車身 |
|
11.7 |
JH |
|
4 |
2
|
武田豊樹
|
茨城 |
SS
|
1/2車身 |
|
11.6 |
|
|
5 |
6
|
和田真久留
|
神奈川 |
S1
|
1/2車輪 |
|
11.4 |
|
|
6 |
7
|
松浦悠士
|
広島 |
S1
|
3/4車輪 |
|
11.4 |
|
|
7 |
4
|
小倉竜二
|
徳島 |
S1
|
1/2車身 |
|
11.2 |
|
|
8 |
3
|
香川雄介
|
香川 |
S1
|
4車身 |
|
11.7 |
|
落滑入
|
9 |
8
|
吉田敏洋
|
愛知 |
S1
|
5車身 |
|
11.7 |
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配当金額
・各項目について
2枠複
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3連複
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2枠単
|
|
3連単
|
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2車複
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ワイド
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1=9
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480円
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(4)
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1=5
|
1,130円
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(18)
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5=9
|
1,340円
|
(23)
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2車単
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レース概略
[7][† 1][† 2][† 3][† 4][† 5]
GI決勝としては平成最後のこの大会[8]、単騎が3人の細切れ戦となった[9]。号砲で武田が真っ先に飛び出し[10]、吉澤純平-武田豊樹-佐藤慎太郎、中川誠一郎、松浦悠士-香川雄介-小倉竜二、和田真久留、吉田敏洋で周回。松浦ラインが吉澤ラインにかぶせた上を、残り2周で吉田が上昇し誘導員を退避させて流す。
2コーナーから踏み上げて先頭に立った和田を目がけて、吉澤が叩いて打鐘で抑え先行の態勢に[11]。この時点で吉田は最後尾。4番手をキープした和田の外側で浮きかけた中川が意を決してカマシを打ち[12][13][14][15][16][17]、最終1コーナー過ぎに主導権を奪取。なかなか吉澤が約2車身の差を縮められないまま[11]直線に入る。6番手からの松浦のバック捲りは、吉澤の後ろの武田をも飲み込めず不発。
- ゴール
準決勝[8]同様に丸1周強を駆けて[12][18]最後まで粘った地元九州勢の中川が、優勝。初GIタイトルの2016年の静岡・日本選手権競輪以来遠ざかっていた決勝の舞台で[8][16]、同じ単騎戦でGI2回目の制覇を果たした。バックストレッチ横にある大型ビジョン[19]でスロー映像を確認した後にガッツポーズを決めた[17][20][21]。勝利者インタビューでは、2年後に開催再開が発表されているホームバンク熊本競輪場への思いも語った[14][15][16][17][† 6]。
9選手のうち中川に次ぐ競走得点でもあった佐藤が、2着。武田追走から吉澤が内を空けるのを待ってから当たって[4][12]、中川との間を割り1/2車輪差まで迫った。
吉澤が3着。昨年6月の高松宮記念杯以来となる、師匠・武田とのGI決勝同乗だった。
吉澤の番手から直線で外側を行こうとした武田は、伸びを欠いて4着に終わり、GI最高齢優勝記録更新を逃した[22]。
さらに最後は横に広がって混線となった中・下位着陣。ゴール線前で武田の後輪と接触し、松浦にも当たって落滑入した香川は[10]、8着(左肩関節打撲[23])[注 1]。
特記事項
- ファンサービスでは、「ニッカンPDF新聞[32]」が連日無料提供された。
- シリーズ全体での目標額は95億円だったが、シリーズ全体での総売上額は前年比99.3%となる83億258万8500円[15][39]で、前年に続き、全日本選抜の売上ワーストを更新している。
競走データ
- 8地区 - 九州勢は坂本亮馬が病気欠場して総勢9名が参加[8]。地元・大分から唯一人選出された大塚健一郎[27]も二次予選で敗退し、準決勝の時点で残ったのは、スタールビー賞を走った中川誠一郎のみとなっていた[43]。全国8地区のうち7地区からの9選手が、決勝へ勝ち上がってきた(近畿は全員敗退し、関東と四国が2名ずつ)。
脚注
注釈
- ^ 最終周回第4コーナー付近での審議対象になった2選手。武田は「違反性のない外側への動き」、松浦は「違反に至らない内側への動き」で、共に非失格が決まった[† 7]。
- ^ なお、競馬用語と同様に「鬼脚(オニアシ)」という言い方(最後に激しい勢いで強襲してくる意)が競輪でもなされ(オニアツ。と同じアクセント)、かつて井上茂徳[24]や小橋正義[25]らを称した。
- ^ a b 他のGIのような3着までの選手が対象の表彰式ではなく、今回は優勝者の中川のみが出席。
YouTube
出典
外部リンク