石川 詢(いしかわ じゅん / はかる[要出典]、1858年-1933年[要出典])は、日本海軍の軍医。軍医大監(海軍大佐相当官)、台湾総督府海軍軍医長。
経歴
慶應義塾を卒業し(『慶應義塾入社帳』第一巻374頁)、海軍に入り、台湾総督府海軍軍医長、日露戦争時の特務艦隊病院船「神戸丸」の軍医長となる。その他、明治11年(1878年)7月、後藤新平の「愛衆社」の創立に参加。
1917年8月21日に退役した[1]。
栄典
脚注
- ^ 『官報』第1518号、大正6年8月22日。
- ^ 『官報』第7051号「叙任及辞令」1906年12月28日。
参考文献