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この項目では、政治家について説明しています。卓球選手については「李哲承 (卓球選手)」をご覧ください。 |
李哲承 |
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1960年撮影 |
各種表記 |
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ハングル: |
이철승 |
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漢字: |
李哲承 |
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発音: |
イ・チョルスン |
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日本語読み: |
り てつしょう |
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ローマ字: |
I Cheol-seung(2000年式) I Ch'ŏl-sŭng(MR式) |
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英語表記: |
Lee Chul-seung, Yi Cheol-seung, Lee Chul-sung, Lee Chul Sung |
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李 哲承(イ・チョルスン、朝鮮語: 이철승、1922年5月15日 - 2016年2月27日)は、大韓民国の独立運動家、政治家、右翼活動家である。第3・4・5・8・9・10・12代韓国国会議員。1945年 - 1947年、韓国の右翼学生団体反託学連、全国学生総連盟の指導者と1930年 - 40年代の韓国の有名な学生右翼団体、反共主義の活動家であった。1963年からは、野党の指導者の1人として活動した。
本貫は全義李氏(朝鮮語版)。号は素石(ソソク、소석)。高麗大学校卒、ペンシルベニア大学大学院修了。アジア重量挙げ連盟会長、大韓体育会会長、国連総会韓国代表を歴任した[1]。
制憲国会議員の李錫柱(朝鮮語版)は叔父[2]。成均館大学校教授、元国連特別報告者の李亮喜は娘[3]、金振晩の次男で元国会議員の金宅起(朝鮮語版)は元娘婿[4][5]。
著作
- <絶望への挑戦>
- <民主の装丁>
- <全国學聯>
- <中途統合論>
- <大韓民国と私>
脚注
関連項目
外部リンク