接着斑 (せっちゃくはん、デスモソーム 、デスモゾーム 、英 : desmosome、macula adherens、複数形:maculae adherentes )は、細胞 が他の細胞に接着する構造の一種で、細胞結合 の大枠の中の1つの接着装置 に分類される。
接着斑の通常の英語「desmosome」は、古代ギリシア語 のδεσμός (desmo、「結合、固く締めること」の意)とσῶμα (soma、「体、身体」の意)に由来している。接着斑のもう1つの英語「macula adherens」は「接着する点」という意味のラテン語 に由来している。
用語の注意
日本語としては、接着斑よりデスモソーム、またはデスモゾームという呼称の方が多用されている。
英語の「focal adhesion」(adhesion plaquesと同一)も「接着斑」と翻訳される場合が少しあるが、「focal adhesion」は「desmosome」(macula adherens) とはまったく別物である。混乱を避けるため、「接着斑」という用語をここでの定義のように使用し、「focal adhesion」(adhesion plaques) は「接着点」または焦点接着 [ 1] 'という用語を使用する。
位置付け
多細胞生物 の細胞接着の大枠は、細胞結合 である。その大枠の下に固定結合 と連絡結合 、閉鎖結合 の3種類の中枠がある。その1つである固定結合 の下に、ここで述べる接着斑(デスモソーム)と、接着結合 、半接着斑(ヘミデスモソーム) の3小枠がある。
3小枠の違いは、接着相手の違いと接着装置を支える細胞骨格 の違いである。接着結合 は細胞骨格 がアクチンフィラメント である。「接着斑」と「半接着斑 」は細胞骨格が中間径フィラメント である。「接着斑」は「細胞-細胞接着」の接着装置で、「半接着斑 」は「細胞-基質接着」の接着装置である。
歴史
19世紀後半、イタリア の病理学 者ジュリオ・ビッツォゼーロ (Giulio Bizzozero、1846-1901)が、表皮 の有棘層 (ゆうきょくそう)に小さな高密度の結節を見つけた。この結節は、後に「ビッツォゼーロの結節」(nodes of Bizzozero)と呼ばれるが、彼は、「細胞-細胞接着」の接着構造と考えた。つまり、彼が最初に接着斑を発見したのである。
1920年、オーストリア ・グラーツ医科大学のジョセフ・シェーファー (Josef Schaffer、1861-1939)が、ギリシア語の「desmo」(「結合、固く締めること」の意)と「soma」(「体、身体」の意)に因み、「desmosome」と命名した。
1950年代、1960年代、生物組織 や細胞 の微細構造 の観察に電子顕微鏡 が使用されるようになり、米国のキース・ポーター (Keith R. Porter 、1912-1997)など多くの細胞生物学 者が、接着斑の微細構造を観察し、記述した。
1974年、米国・ボストン医科大学のクリスチン・スケロウ (Christine J. Skerrow)とジェディオン・マトルトシー (A Gedeon Matoltsy)が牛の鼻の上皮から接着斑を単離し、分子量 が230 kDa、210 kDa、140 kDa、120 kDa、90 kDa、75 kDa、60 kDaの7種類の主要な構成タンパク質 を発見した[ 2] 。
スケロウとマトルトシーが生化学 的な突破口を開いたことで、1980年代、抗体 を用いたタンパク質の同定がさらに進み、接着斑の微細構造での局在も調べられ、構成タンパク質に関する研究が大きく前進した。ドイツがん研究センターのウェルナー・フランケ (Werner W. Franke)や米国・プリンストン大学 のマルコム・スタインバーグ (Malcolm S.Steinberg)らの寄与が大きい。
構造
図3.接着斑の3次元模型。細胞接着タンパク質、細胞膜裏打ちタンパク質、中間径フィラメント
接着斑の2次元の断面(図1)では、2本の黒い平行線に見える。平行線の間は約30nmとかなり離れている。2本の黒い平行線の真中から左右が2つの細胞で、2本の黒い平行線の真中から左右対称に、右に3層、左に3層の構造がある。以下、1つの3層で説明する。
Extracellular Core Region(ECR、desmoglea):細胞外の部分。2本の黒い平行線を上空から見た「橋」に例えると、人が歩く部分(2本の黒い平行線の間)が細胞外で、そこに、細胞接着分子 であるデスモグレイン (desmogleins)やデスモコリン (desmocollins)の細胞膜から飛び出た部分がある。細胞外で、デスモグレインは相手細胞のデスモグレインと、デスモコリンは相手細胞のデスモコリンと同親性結合(ホモフィリック結合、homophilic adhesion)をしている。
Outer Dense Plaque(ODP):2本の黒い平行線(橋の欄干)の細胞外側。細胞膜裏打ちタンパク質のプラコグロビン (plakoglobins)、デスモプラキン (desmoplakins)、プラコフィリン (plakophilins)が細胞接着分子 に結合している領域[ 3] 。
Inner Dense Plaque(IDP):2本の黒い平行線(橋の欄干)の細胞内側。細胞膜裏打ちタンパク質が中間径フィラメント に結合している領域。
構成分子
図4.接着斑の2次元模型。細胞接着タンパク質(緑色)、細部膜(黄緑色)、細胞膜裏打ちタンパク質(赤色)、中間径フィラメント(青色)
構成タンパク質の詳細は各論を参照されたい。全体像は、「細胞接着分子 」も参照されたい。図3は専門用語が英語のままだが、図4(日本語)と共に、以下の構成タンパク質の存在部位を示した。付記した英語と対応されたい。
細胞接着分子 (図3の緑色のcadherin。図4の緑色):膜貫通タンパク質 (transmembrane protein)である。
細胞膜裏打ちタンパク質(図3のAttachment plaque。図4の赤色):接着構造を細胞の内側から支える。細胞内に接着のシグナル伝達 もする。
プラコグロビン (plakoglobins):アルマジロ (armadillo)・ファミリーの一員。デスモグレインやデスモコリンの細胞内部分に直接結合する。
デスモプラキン (desmoplakins):プラキン (plakin)・ファミリーの一員。プラコグロビンやプラコフィリンに結合する。中間径フィラメント のケラチン (keratin)線維(図3の橙色(左)、灰色(右)。図4の青色)に結合する。
プラコフィリン (plakophilins):アルマジロ (armadillo)・ファミリーの一員。
中間径フィラメント (図3の橙色(左)、灰色(右)。図4の青色)
ケラチン (keratin)線維(filaments):多くの上皮細胞
デスミン (desmin)線維(filaments):心筋細胞
疾患
接着斑の異常で起こる有名な疾患は天疱瘡 (てんほうそう、pemphigus)だが、接着斑は上皮細胞 の「細胞-細胞接着」を担うので、接着斑の異常は皮膚病 に直結する。たくさんの疾患が報告され研究されている。下記関連項目にリストのいくつかを示すが、特に、「接着斑タンパク質が原因の皮膚病の一覧 」を参照されたい。ここでは2疾患の概略をしるす。
不整脈源性右室心筋症 (arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy、ARVC)は、接着斑のタンパク質の変異で発症する。スポーツ選手 の突然死 の原因の1つである。右心室 心筋 が局所的に脂肪変性 、線維化し、右心室拡大、右心室壁運動異常を起こす。右心室起源の心室性不整脈 (心室頻拍)、心不全 、突然死にいたる。年間発症率は1万人に1人だが、200人に1人は変異があり、不整脈源性右室心筋症にかかりやすい傾向がある[ 4] 。詳しくは不整脈源性右室心筋症 を参照のこと。
別の疾患・ナクソス病 (Naxos disease)は写真(図5)を示し、概説する。
ギリシャ のナクソス島 で最初の患者が記載されたのに因んで命名された遺伝病 である。トルコ 、イスラエル 、サウジアラビア 、日本にも患者はいる。特徴は、誕生時からモジャモジャの髪、生後1年で掌蹠角皮症(しょうせきかくかしょう、palmoplantar keratoderma)を発症、成人で浸透率100%の心筋 ミオパチー を発症する[ 5] 。詳しくはナクソス病 を参照のこと。
脚注・文献
^ 細胞骨格のアクチンが細胞外基質へ固定、結合すること。
^ Skerrow CJ, Matoltsy AG (1974). “Chemical characterization of isolated epidermal desmosomes” . J Cell Biol 63 ((2 Pt 1)): 524-530. PMC 2110930 . PMID 4421013 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2110930/ .
^ Bornslaeger, E. A.; Corcoran, C. M.; Stappenbeck, T. S.; Green, K. J. (1996). “Breaking the connection: displacement of the desmosomal plaque protein desmoplakin from cell-cell interfaces disrupts anchorage of intermediate filament bundles and alters intercellular junction assembly” . J. Cell Biol. 134 (4): 985-1001. doi :10.1083/jcb.134.4.985 . ISSN 0021-9525 . PMC 2120955 . PMID 8769422 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2120955/ .
^ Lahtinen, AM; Lehtonen, E, Marjamaa, A, Kaartinen, M, Helio, T, Porthan, K, Oikarinen, L, Toivonen, L, Swan, H, Jula, A, Peltonen, L, Palotie, A, Salomaa, V, Kontula, K (2011). “Population-prevalent desmosomal mutations predisposing to arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy.”. Heart rhythm : the official journal of the Heart Rhythm Society 8 (8): 1214-1221. doi :10.1016/j.hrthm.2011.03.015 . PMID 21397041 .
^ Protonotarios N, Tsatsopoulou A (Mar 2006). “Naxos disease: cardiocutaneous syndrome due to cell adhesion defect” . Orphanet J Rare Dis 1 : 4. PMC 1435994 . PMID 16722579 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1435994/ .
全体の参考文献
関連項目
外部リンク