四十口径三年式八糎高角砲

四十口径三年式八糎高角砲
種類 艦砲/高射砲
原開発国 日本の旗 日本
運用史
配備期間 1916年2月〜1945年
配備先  大日本帝国海軍
関連戦争・紛争 太平洋戦争
諸元
重量 2.6トン

砲弾重量 9.43kg
口径 76.2mm口径 / 40口径長
仰角 -5°/+75°
俯仰速度: 7°/s
旋回角 旋回速度: 11°/s
発射速度 13発/分
初速 670m/s
最大射程 10,800 m
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四十口径三年式八糎高角砲[1](40こうけいさんねんしき8せんちこうかくほう)は、日本海軍の開発した高角砲。通称8センチ高角砲

概要

靖国神社に展示されている四十口径三年式八糎高角砲

元々は、アームストロング社の艦砲であるQF 12ポンド 12cwt艦砲ライセンス生産版である「四十口径四一式三吋砲[2] (旧名称:四十口径四十一年式十二斤速射砲)」をもとに、75度まで仰角を増した三吋大仰角砲(3インチだいぎょうかくほう)として1916年(大正5年)2月4日に制式化[3]されたもの。その後四十口径三吋大仰角砲四十口径八糎高角砲と改称[4]し、更に1922年(大正11年)3月29日に四十口径三年式八糎高角砲と改称[1]された。

操作は人力で行い、閉鎖機は斜鎖式尾栓だった。

大正期の代表的高角砲として5500トン型軽巡洋艦扶桑型戦艦伊勢型戦艦、空母鳳翔などに搭載された。昭和期に入り徐々に他の対空兵装に置き換わっていき、太平洋戦争時には旧式砲となっていた。しかし砲艦などの小艦艇や特設艦船などにはまだ搭載されていた。また南方各地の防空砲としても使用されている。

形式

単装砲架

形式不明
盾無しと盾有りの二種類ある。

搭載艦船

など

脚注

  1. ^ a b 大正11年3月29日付 海軍内令兵 第9号。四〇口径ではない。
  2. ^ 明治41年12月25日付 海軍内令兵 第5号。
  3. ^ 大正5年2月4日付 海軍内令兵 第11号。
  4. ^ 大正6年10月5日付 海軍内令兵 第17号。

参考文献

  • 長谷川藤一『軍艦メカニズム図鑑-日本の航空母艦』グランプリ出版、1997年 ISBN 4-87687-184-1
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第8巻 軽巡Ⅰ』光人社、1990年 ISBN 4-7698-0458-X
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第9巻 軽巡Ⅱ』光人社、1990年 ISBN 4-7698-0459-8

関連項目

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