数学において分離拡大はあらゆるところで現れるが、その対極である純非分離拡大もまたきわめて自然に現れる。代数拡大 E ⊃ F が純非分離拡大であることと、すべての α ∈ E ∖ F に対して α の F 上の最小多項式が分離多項式でない(つまり相異なる根をもたない)ことが同値である[5]。体 F が非自明な純非分離拡大をもつためには、素数標数の無限体(すなわち例えば不完全)であることが必要である、なぜならば完全体の任意の代数拡大は分離的だからだ[3]。
F[X] の多項式 f が分離多項式 (separable polynomial) であるとは、F[X] における f のすべての既約因子が相異なる根をもつということである[6]。多項式の分離性は係数をどの体で考えているかに依存する。例えば、g が F[X] の非分離多項式で、g の F 上の分解体E を考えると、E[X] における g の任意の既約因子は線型でありしたがって相異なる根をもつので、g は E[X] において分離的である必要がある[1]。これにもかかわらず、F[X] の分離多項式 h は F の すべての 拡大体上で分離的でなければならない[7]。
F[X] の元 f を既約多項式とし f′ をその形式微分とする。このとき以下の条件は f が分離的である、すなわち相異なる根をもつための同値な条件である。
E ⊃ F および α ∈ E であれば、(X − α)2 は E[X] において f を割らない[8]。
上記最後の条件から、既約多項式が相異なる根をもたなければ、その微分は 0 でなければならない。次数が正の多項式の形式微分が 0 になるのは体が素数標数のときに限るから、既約多項式が相異なる根をもたないためにはその係数は素数標数の体に入っていなければならない。より一般に、既約(非零)多項式 f ∈ F[X] が相異なる根をもたなければ、 F の標数が(零でない)素数 p でなければならないだけでなく、ある既約多項式 g ∈ F[X] に対して f(X)=g(Xp) である[11]。この性質を繰り返し用いることによって、実はある非負整数 n とある分離既約多項式 g ∈ F[X] に対して であるということが従う(ただし F は素数標数 p をもっているとする)[12]。
上の段落に書かれた性質から、f が素数標数 p の体 F に係数をもつ既約(非零)多項式で、相異なる根をもたなければ、f(X)=g(Xp) と書くことができる。さらに、 で F のフロベニウス自己準同型が自己同型であれば、g は と書くことができ、とくに、 である。これは f の既約性に矛盾する。したがって、F[X] が非分離既約(非零)多項式をもつならば、F のフロベニウス自己準同型は自己同型ではありえない(ただし F は素数標数 p をもつとする)[13]。
K が素数標数 p の有限体で X が不定元であれば、K 上の有理関数体 K(X) は不完全体である。さらに、多項式 f(Y)=Yp−X は非分離である[1]。(このことを確かめるには、f が根 α をもつような拡大体 E ⊃ K(X) が存在することに注意しよう。すると E において である。したがって、E 上で考えることにより、(最後の等号は freshman's dream(英語版) から従う)であり、f は相異なる根をもたない。)より一般に、F が正標数の任意の体でフロベニウス自己準同型が自己同型でなければ、F は非分離代数拡大を有する[14]。
体 F が完全であることとその代数拡大のすべてが分離的であることは同値である(実は F のすべての代数拡大が分離的であることと F のすべての有限次元拡大が分離的であることは同値である)。上の段落で概説された議論から、F が完全であることと F の標数が 0 であるかまたは F の標数は素数 p でフロベニウス自己準同型が自己同型であることが同値であることが従う。
性質
E ⊃ F が代数的な体の拡大であり、α, β ∈ E が F 上分離的であれば、α + β と αβ も F 上分離的である。とくに、F 上分離的な E のすべての元の集合は体をなす[15]。
E ⊃ L ⊃ F が E ⊃ L と L ⊃ F が分離拡大であるようなものであれば、E ⊃ F は分離的である[16]。逆に、E ⊃ F が分離代数拡大で L が任意の中間体であれば、E ⊃ L と L ⊃ F は分離拡大である[17]。
E ⊃ F が有限次分離拡大であれば、原始元をもつ。すなわち、α ∈ E であって E = F[α] となるものが存在する。この事実は原始元定理あるいは原始元についての Artin の定理 としても知られている。
代数拡大における分離拡大
分離拡大は任意の代数体拡大において極めて自然に生じる。より具体的には、E ⊃ F が代数拡大で であれば、S は F 上分離的で E が純非分離な唯一の中間体である[18]。E ⊃ F が有限次拡大であれば、次数 [S : F] は拡大 E ⊃ F の次数の分離部分 (separable part)(あるいは E/F の分離次数 (separable degree))と呼ばれ、しばしば [E : F]sep あるいは [E : F]s と表記される[19]。E/F の非分離次数 (inseparable degree) は次数の分離次数による商である。F の標数が p > 0 であるときは、p のベキである[20]。拡大 E ⊃ F が分離的であることと S = E であることは同値であるので、分離拡大に対しては [E : F]=[E : F]sep であり、逆も成り立つ。E ⊃ F が分離的でなければ(すなわち非分離であれば)[E : F]sep は [E : F] の非自明な約数である必要があり商は F の標数のベキである必要がある[19]。
一方で、任意の代数拡大 E ⊃ F は F 上純非分離で E が分離であるような中間拡大 K をもたないかもしれない(しかしながら、そのような中間拡大は E ⊃ F が有限次正規拡大のとき確かに存在する(このとき K は F 上の E のガロワ群の固定体にとることができる))。そのような中間拡大が存在するならば、そして [E : F] が有限であれば、そして S が前の段落でのように定義されていれば、[E : F]sep=[S : F]=[E : K][21]。この結果の1つの有名な証明は原始元定理に依存するが、原始元定理とは独立なこの結果の証明は確かに存在する(どちらの証明も次の事実を用いる。K ⊃ F が純非分離拡大で f ∈ F[X] が分離既約多項式であれば、f は K[X] においても既約である[22]。)。上記の等式([E : F]sep=[S : F]=[E : K])は次のことを証明するのに使える。E ⊃ U ⊃ F が [E : F] が有限であるようなものであれば、[E : F]sep=[E : U]sep[U : F]sep[23]。
F が任意の体であれば、F の分離閉包 (separable closure) Fsep は F 上分離的な F の代数閉包の元全部からなる体である。これは F の極大ガロワ拡大である。定義によって、F が完全であることとその分離閉包と代数閉包が一致することは同値である(とくに、分離閉包の概念は不完全体に対してのみ興味がある)。
F/k を体の拡大とし p を k の characteristic exponent とする[注 3]。k の任意の体拡大 L に対し、FL = L ⊗kF と書く(cf. 体のテンソル積)。このとき F は以下の同値な条件が成り立つときにk 上分離的 (separable over k) という。
代数的閉包 k を固定し、k 上分離的な k のすべての元からなる集合を ks で表記する。すると ks は k 上分離代数的であり k の任意の分離代数拡大は ks に含まれる。それは k の(kにおける)分離閉包 (separable closure) と呼ばれる。このとき k は ks 上純非分離である。別の言い方をすれば、k が完全であることと k = ks は同値である。