Joseph Shabalala Thamsanqa Shabalala Sibongiseni Shabalala Thulani Shabalala Msizi Shabalala Albert Mazibuko Abednego Mazibuko Russel Mthembu Ngane Dlamini
旧メンバー
Jockey Shabalala Jabulani Dubazana Inos Phungula Ben Shabalala Geophrey Mdletshe Headman Shabalala Milton Mazibuko Funokwakhe Mazibuko Joseph Mazibuko Walter Malinga Matovoti Msimanga
レディスミス・ブラック・マンバーゾ(英:Ladysmith Black Mambazo)は、イシカタミアやムブーベと呼ばれるスタイルで歌う南アフリカの男性コーラスグループである。彼らはアメリカ人歌手・ポール・サイモンのアルバム『グレイスランド』に参加したことで世界的に知名度を得て、その後3つのグラミー賞を含む様々な賞を獲得している。1960年にジョセフ・シャバララ(英:Joseph Shabalala)を中心に結成した彼らは、ゴールドディスクやプラチナディスクを記録し、南アフリカで最も多くのレコーディング数を誇るアーティストの1つとなった[1]。このグループは、いまや人々に南アフリカとその文化を教える伝道者のような役割を果たしている。
レディスミス・ブラック・マンバーゾの前身は、「Ezimnyama (The Black Ones)」で、1960年12月にシャバララにより結成された。グループのメンバーは、シャバララの親類(兄弟や従兄弟など)で、彼らは同じ農場で一緒に歌っていた。彼らは conthoza(イシカタミアを表す1960年代のスラング)やムブーベを歌ってはいたが、まだレディスミス地区の外では知られていなかった[4]。
1967年に Radio Zulu でレコーディングを始め、1972年にはウェスト・ンコーシ(ンコーシはサックス奏者として南アフリカでは有名だった)とプロデューサー契約を結んだ。レディスミス・ブラック・マンバーゾはその翌年、1stアルバム『Amabutho』を発売した。このアルバムは南アフリカの黒人のミュージシャンでは初めてとなるゴールドディスクを記録した。彼らのそれ以降のアルバムも、ゴールドディスクかプラチナディスクを記録していった[7]。彼らは2ndアルバムより、プロのアーティストとなった[8]。
1975年にシャバララはキリスト教に転向した。その後すぐにグループにとって最初の宗教的なアルバム『Ukukhanya Kwelanga』を発表した。このアルバムの収録曲は、賛美歌(ほとんどがメソジスト)が占めており、前回の倍であるプラチナディスクを記録した。1976年のLP『Ukusindiswa』は最も人気のある宗教的なアルバムの1つとなり、発売わずか3週間でダブル・ゴールドディスクを記録した[7]。1981年、アパルトヘイト政府が、南アフリカ音楽祭の一部をドイツ・ケルンで行わせる形に結果的にしており、このグループは人気を得ていた[9]。グループは西ドイツで巡業・テレビ出演を行い、ドイツ語の学習をした。1981年にグループが発表したアルバム『Phansi Emgodini』に収録するため、シャバララは「Wir Grussen Euch Alle」という曲を書いた。翌年もテレビのクイズ番組に出演するためグループはドイツへ行き、より多くの人気を得た[9]。コンピレーション・アルバムの草分け的なアルバム『The Indestructible Beat of Soweto』に、グループのトラックが収録された。
『グレイスランド』の後、サイモンをプロデューサーとしてグループは3枚のアルバム(『Shaka Zulu』(1987年)、『Journey of Dreams』(1988年)、『Two Worlds, One Heart』(1990年))をアメリカ向けに出した。また、アルバムではワイナンズ、ジュリア・フォーダム、ジョージ・クリントンといった人気アーティストとの共演もした。
1988年、マイケル・ジャクソンの映画『ムーンウォーカー』のエンディングで、レディスミス・ブラック・マンバーゾの「The Moon Is Walking」(「Lindelani」の短縮バージョン)が使用された。セサミ・ストリートの曲「Put Down The Duckie」でもレディスミス・ブラック・マンバーゾはフィーチャーされた。
1997年、ハインツのテレビコマーシャルのために、グループは「Inkanyezi Nezazi (The Star and the Wiseman)」の短縮バージョンをレコーディングした。オリジナルバージョンは1992年にレコーディングされたものだが、1998年発表のベストアルバム『The Best of Ladysmith Black Mambazo - The Star and the Wiseman』にも収録され、アルバムはイギリスだけで100万枚売れるヒットとなり、トリプル・プラチナを記録した[18]。また、全英アルバムチャートで最高2位を記録している[19]。このハインツによる成功は、イギリスに何度も招待されテレビやラジオで演奏したり、イギリス王室の前で演奏することまで発展した。2001年、グループは「ファミリー・ガイ」などのアニメ作品に登場した。
2002年から2006年まで
2000年に『Lihl' Ixhiba Likagogo』を発表した後、グループは2002年に発表するアルバム『Wenyukela』の制作に取り掛かっていた。しかし、2002年5月、シャバララと30年間連れ添ってきた妻ネリー(Women of Mambazo のリードシンガー)が教会の駐車場で覆面の銃撃者に殺害されるという出来事が発生し、レコーディングどころではなくなってしまった。シャバララ自身も、妻を助けようとして手を負傷した[20]。ジョセフの息子ビビアンは、継母ネリーを殺害するために殺し屋を雇ったとして、逮捕された。もしビビアンの父(ジョセフ)が殺人に関係していたら南アフリカ警察は執行猶予にしたのではないか、とビビアンは証言した[21]。
シャバララが復帰しはじめたので、『Wenyukela』の制作は進んだ。「Wenza Ngani? (How Did You Do That?)」など、人種差別などの道徳的なテーマを含んだ曲を収録している。他の収録曲「Fak' Ibhande (Don't Drink and Drive)」は、飲酒運転の危険性を警告している。「Wenyukela」はイエス・キリストの復活と、1994年の南アフリカの改革をテーマに[22]。「Selingelethu Sonke」はアフリカで公正取引を求めた曲。グループはオックスファムのキャンペーンで公正取引問題について語った[23]。
2005年に発表したアルバム『No Boundaries』では、イギリス室内管弦楽団と共演したクラシック・スタンダード(「Jesu, Joy of Man's Desiring」、「Ave Verum Corpus」)やマンバーゾの曲(「Homeless」、「Awu, Wemadoda」、「Ngingenwe Emoyeni」)が収録された。ヨーロッパの伝統とズールーの文化を融合することについて最初は心配されていたのにもかかわらず、アルバムは非常に売れて[25]グラミー賞にもノミネートされた。
2006年4月、マンバーゾはジョシュ・グローバンの3rd.スタジオアルバム『Awake』、グローバンと共演した。その曲は「Weeping」と「Lullaby」で、純粋な南アフリカ音楽の影響を特徴としている。2006年8月には、マンバーゾはメイヴィス・ステイプルズの新しいアルバムのために、ステイプルズと共演した[28]。マンバーゾが全米ツアーを行っている間、テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」でレディスミス・ブラック・マンバーゾをパロディ化した漫画「Ladysmith Black Mambazo in Outer Space」が出演された。そのDVDが発売されたとき、グループのメンバーは短いコメントを加えている[29]。
ボブ・サンクラーことアフリカニズムの 3rd.ミックス・アルバムには、レディスミス・ブラック・マンバーゾの1985年の曲「Isala Kutshelwa」が「Steel Storm」という曲で使用された。アルバム『Long Walk to Freedom』は、2007年の第49回グラミー賞に2部門で再びノミネートされた。それは最優秀コンテンポラリー・ワールドミュージックと、最優秀サラウンド・サウンド・プロダクションだったが、どちらも受賞はできなかった。
レディスミス・ブラック・マンバーゾのアルバム『Ilembe』は、2007年2月26日に南アフリカで発売された。その後同年4月2日にタイトルを『Ilembe - Our Tribute to King Shaka』に変えてイギリスで発売された。アメリカでは『Ilembe: Honoring Shaka Zulu』というタイトルで、2008年1月22日に発売された。
2011年には、オリジナル曲を多く収録したアルバム『Songs from a Zulu Farm』を発表した[32]。第54回グラミー賞では、最優秀ワールドミュージック・アルバム部門にノミネートされたが、受賞はできなかった>。
2013年に発表したアルバム『Live: Singing for Peace Around the World』は、当時まだ存命だった南アフリカ元大統領のネルソン・マンデラに捧げられたものだった。マンデラが死去した後の2014年1月26日に、この作品は第56回グラミー賞の最優秀ワールドミュージック・アルバム部門を受賞した[33]。
2014年には、2002年に他界したネリー・ジャバララ(ジョセフ・ジャバララの妻)に捧げられたアルバム『Always With Us.』を発表した[34]。同年には、イギリスのバレエ楽団エラ・スパイラー&ジ・イナラ・アンサンブルと共演したアルバム『Music From Inala』を発表し、第58回グラミー賞の最優秀ワールドミュージック・アルバム部門にノミネートされた[35]。
グループは通常、クリスマス休暇前の8ヶ月間、毎年ツアーを行っている。ムバカンガとマホテラ・クイーンズがサポートし、2006年4月から4ヶ月間の全米ツアー、5月5日から6月10日までの30日間の全英ツアーで一旦ツアーを終えて南アフリカに戻った。マンバーゾは2006年7月9日からアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドでコンサートを行い、10月に帰国した。同じ月、グループは『Long Walk to Freedom』の特別コンサートを、ニューヨークのカーネギー・ホール(2006年から2008年までを参照)で開催した。2007年1月に、グループはアメリカで3ヶ月間ツアーをし、その後オーストラリア、ニュージーランドでもツアーを行った[37]。2007年10月から11月までの34日間、イギリスでツアーを行った。そのツアーの間は、ヴーシー・マーラセラがサポートしていた[37]。2008年1月から3ヶ月間全米ツアーを行い、6月には1日だけワシントンでコンサートを行った。2008年10月から11月は、アメリカ・カナダとヨーロッパ全域(特にオランダ)でコンサートを行った[37]。マンバーゾは3ヶ月間の全米ツアーを2009年3月に終え、6月にはアジアとオーストラリアでツアーを行い、10月から11月にかけての30日間イギリスでツアーを行った[37]。
^Simonson, E: "On Tiptoe: Gentle Steps to Freedom", interview with Paul Simon on the Apartheid system. New Video Group, 2004
^Classic Albums - Graceland (interviews with Paul Simon), Harcourt Films - Isis Productions, 1997
^Mankwane, M: Mahlathini, Mahotella Queens and Makgona Tsohle Band - Mbaqanga at its Best!, interviews with Marks Mankwane and Mildred Mangxola. Gallo Record Company, 1997
^Simonson, E: "On Tiptoe: Gentle Steps to Freedom", interview with Paul Simon. New Video Group, 2004
^Simonson, E: "On Tiptoe: Gentle Steps to Freedom", interviews with Sibongiseni, Thamsanqa and Thulani Shabalala. New Video Group, 2004
^Shabalala, J: Liph' Iqiniso, liner notes and lyrics. Gallo Record Company, 1993
^Shabalala, J: Adam Boulton Meets Ladysmith Black Mambazo, interviews with members of the group. Sky News, 1999
^Boulton, A: Adam Boulton Meets Ladysmith Black Mambazo. Sky News, 1999
^Simonson, E: "On Tiptoe: Gentle Steps to Freedom". New Video Group, 2004
^Ladysmith Black Mambazo tour blog [2], entry entitled "Mavis Staples & Ry Cooder". Retrieved 3 September 2006.
^Ladysmith Black Mambazo tour blog [3], entry entitled "We're still in outer space". Retrieved 3 September, 2006.
^Ladysmith Black Mambazo homepage [4], entry entitled "Ladysmith Black Mambazo to perform at New York's Carnegie Hall with Special Friends". Retrieved 19 September, 2006.