ヤン=ミルズ理論

ヤン=ミルズ理論(ヤン=ミルズりろん、: Yang-Mills theory)は、1954年楊振寧ロバート・ミルズによって提唱された非可換ゲージ場の理論のことである[1]

なお、その少し前にヴォルフガング・パウリ[2][3]内山龍雄も同理論を完成していたと言われているが、様々な事情により発表が遅れ、先取権はヤン=ミルズにあるとされる。

概要

この理論は元々、ワイルらによって研究が進められていた可換対称性に基づくゲージ理論を、非可換対称性にまで発展させた理論である。 非可換ゲージ理論の代表的なものであり、他の非可換ゲージ理論としてはチャーン=サイモンズ理論などがある。

この理論は最初、陽子と中性子のアイソスピンSU(2)対称性に着目して構築された模型である[1]。これ自体は実験と合わなかったが、現在でも自発的に破れた弱アイソスピンハイパーチャージのSU(2)×U(1)対称性に受け継がれているといえる(ワインバーグ=サラム理論)。 このように対称性が破れる模型もヤン=ミルズ理論に含む場合もある。

現在の典型的なヤン=ミルズ理論はカラーSU(3)対称性に基づく量子色力学である。 また、検証されていない理論として、SU(5)やSO(10)対称性に基づく大統一理論などがある。 超対称性を持つように拡張される場合もあり、超対称ヤン=ミルズ理論super Yang-Mills theory、SYM)と呼ばれる。各種超対称性理論の基礎として、また超弦理論との関係などから、現在盛んに研究されている。 理論模型としては、ゲージ場だけで物質場を含まない模型は純粋なヤン=ミルズ理論(pure Yang-Mills theory)と呼ばれる。

また、現実に(仮に近似的だとしても)ヤン=ミルズ理論が存在する以上、現実を説明する素粒子仮説は、適当な状況設定の下でヤン=ミルズ理論を再現するように作られる事が多い。ヤン=ミルズ理論を内包している理論に、カルツァ=クライン理論超弦理論がある。

内容

ヤン=ミルズ理論は、非可換リー群をゲージ対称性に持つゲージ理論である。

パラメータ で特徴付けられるリー群

を考える。 ここで、T はリー群の生成子である。 群の非可換性を反映して生成子のリー代数

となる。f は群の構造定数である。

ゲージ変換

局所化されたパラメータ で特徴付けられるゲージ変換の下で、リー群の表現の添え字 i をもつ場

と変換される。 パラメータの一次を考えると

となる。 ここで生成子 は、ゲージ変換の下での場 の属する表現での行列表現である。ゲージ変換の下での場の変換性を決める生成子の表現はチャージと呼ばれる。

gは理論の結合定数で、ゲージ結合定数と呼ばれる。この理論の大きな特徴として、共変微分やヤン=ミルズ項に含まれる全ての結合定数が等しい事が挙げられる(結合定数の普遍性)。この普遍性は標準模型においても検証されており、素粒子物理がゲージ理論で記述される事の強い傍証となっている。

共変微分

ヤン=ミルズ理論において、ラグランジアンに含まれる場の微分 共変微分

へと置き換えられる。ここで はゲージ場である。 ゲージ場はゲージ変換の下でパラメータの一次で

と変換される。 従って共変微分は

と変換し、場と同じ変換性をもつ。 これにより、様々な場からゲージ対称性を満足する項を作る事が出来る[4]。 種々の場はゲージ場と共変微分を通してのみ相互作用をする。相互作用の形はゲージ変換の下での変換性で決まり、このような相互作用の形は最小結合(minimal coupling)の理論と呼ばれる。

ヤン=ミルズ項

ヤン=ミルズ理論では、ラグランジアンヤン=ミルズ項

(各添え字について和を取る)を持つ。 F はゲージ場の強度field-strength

である。 非自明な交換関係に伴って、構造定数に関係する項が現れるのが特徴である。

繰り込み群と結合定数

繰り込み群の考え方から、着目するエネルギースケールによって結合定数が変化するという描像を得る事が出来る。 個のフレーバーを持つゲージ群の表現 に属するフェルミオンを含むヤン=ミルズ理論の1ループベータ関数は、

となる。ただし、 によって定義される随伴表現における2次のカシミア演算子 は表現 における生成子の行列表現の規格化定数 である。

量子色力学においては、 で、である。 これは、フェルミオンのフレーバーが少ない場合のヤン=ミルズ理論が、高エネルギーでは相互作用が弱くなる(漸近的自由性)、と読むことが出来る。

脚注

  1. ^ a b Yang and Mills (1954)
  2. ^ Straumann, N: "On Pauli's invention of non-Abelian Kaluza-Klein Theory in 1953" e-print arXiv.gr=qc/0012054
  3. ^ See Abraham Pais' account of this period as well as L. Susskind's "Superstrings, Physics World on the first non-Abelian gauge theory" where Susskind wrote that Yang-Mills was "rediscovered" only because Pauli had chosen not to publish
  4. ^ 微分とはその定義

    からも分かる通り、本質的に空間上の二点の値に依存する。従って、各点ごとに独立なゲージパラメタを持つ局所ゲージ変換の上で不変な項を作る事は、通常の微分からでは不可能である。その変化分を相殺するために、共変微分及びゲージ場が必要とされる。つまり、局所ゲージ不変性を要請する事と、ゲージ場の存在を要請する事とは同じ事である。field-strengthは、ゲージ場だけから作られるゲージ共変なテンソルとして一意に定まる。微分幾何学の言葉では、ゲージ場は接続、ゲージ場の強度は曲率となる。

参考文献

論文
  • C. -N. Yang and R. L. Mills (1954). “Conservation of Isotopic Spin and Isotopic Gauge Invariance”. Phys. Rev. 96: 191. doi:10.1103/PhysRev.96.191. 
書籍

関連項目

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