『マノン』(Manon)は、ジュール・マスネ作曲のオペラ。1884年初演。アベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』に基づく。同じ題材によるオペラは他にもプッチーニの『マノン・レスコー』(1893年初演)をはじめ、オベールの 『マノン・レスコー』(1856年初演)など数多く存在した。
なお、マスネの音楽によるバレエ『マノン』(ケネス・マクミラン、1974年初演)には、本作の音楽は用いられていない。
基本データ
概要
マノンはマスネのオペラの中で最も成功した作品の一つで、パリのオペラ・コミック座での上演回数は1959年までに2,000回を超えた[1]。イギリス初演は1885年1月17日にリヴァプールで、米国初演は1885年12月23日にニューヨーク・アカデミー・オブ・ミュージックにて行われた[2]。日本初演は1949年3月14日に日比谷公会堂にて藤原歌劇団によって、山口和子、藤原義江、石津憲一、宮本良平等の配役で森正の指揮によって行われた[3]。「運命の女」(ファム・ファタール)を描いたオペラとして現在でも人気を保っている。リブレットにおけるアベ・プレヴォーの原作からの大きな変更は、レスコーが兄から従兄になっていること、最終場面がニューオーリーンズではなくル・アーブルで終わること、原作の重要人物である、デ・グリューの親友ティベルジュが登場しないことなどである。形式は台詞を使用するオペラ・コミックであるが、台詞を語っている間でもオーケストラの伴奏を伴うメロドラマ のスタイルを採用している。
メイヤックとジルによる台本については「冗長で、物語的要素に頼りすぎている。(中略)特に、第1幕は時間がかかりすぎる。」という指摘もある[4]。しかし、「つまるところ『マノン』は「見せ場」を次々に提示するオペラであるため、より成熟したマスネのほかのオペラと比べると結合力や秩序に欠けているが、この作曲家の全作品の中で、これらの見せ場を凌ぐ曲はほとんどない」と結論付けている[5]。また、牧師になったデ・グリューにマノンが求愛する場面はこのオペラのハイライトとも言える非常に官能的な場面であるが、宗教家に対する情愛の誘惑というテーマは『タイス』や『エロディアード』でも取り上げられており、マスネが得意とするシーンとなっている。
マノンを当たり役とした歴代の歌手には、実際にマスネの恋愛の対象であったと考えられているシビル・サンダーソン(英語版)を初め 、メアリー・ガーデン、ジェラルディン・ファーラー、ファニー・エルディ(英語版)、ルクレツィア・ボーリ(英語版)、アメリータ・ガリ=クルチ、グレース・ムーア、ビドゥ・サヤン(英語版)、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス、アンナ・モッフォ、ビヴァリー・シルズ、ルネ・フレミング、ナタリー・デセイ、アンナ・ネトレプコなどを挙げることができる。
マスネはのちに本作の続編として、同じ原作をもとに1幕物の『マノンの肖像(英語版、フランス語版)』を作曲している(1894年、オペラ=コミック座にて初演)。
楽器編成
演奏時間
約2時間41分(第1幕40分,第2幕25分,第3幕57分,第4幕22分、第5幕17分)
登場人物
人物名 |
声域 |
役 |
初演時のキャスト 1884年1月19日 指揮:ジュール・ダンベ
演出:シャルル・ポンシャール
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マノン・レスコー |
ソプラノ |
若き美貌の女主人公 |
マリー・エイルブロン
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騎士デ・グリュー |
テノール |
マノンの恋人の騎士 |
ジャン=アレクサンドル・タルザック
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レスコー |
バリトン |
マノンの従兄の近衛士官 |
エミール=アレクサンドル・タスキン
|
デ・グリュー伯爵 |
バス |
騎士デ・グリューの父 |
コバレ
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ギヨー・ド・モルフォンテーヌ |
テノール |
マノンに血道をあげる老貴族 |
ピエール・グリヴォ
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ド・ブレティニ |
バリトン |
マノンの浮気相手の貴族で ギヨーの放蕩仲間 |
コラン
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プゼット |
ソプラノ |
高級娼婦 |
モレ・トリュフィエ
|
ジャボット |
メゾソプラノ |
高級娼婦 |
エステル・シュヴァリエ
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ロゼット |
メゾソプラノ |
高級娼婦 |
レミ
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宿屋の主人 |
バス |
- |
ラビ
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近衛士官 |
バリトン |
- |
トロワ
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- 合唱:ブルジョワたち、レスコーの同僚たち、賭博者たち、旅行者、警察、村人、兵士、軍曹ほか。
- バレエ団:必要、ただし省略する演出もある。
あらすじ
第1幕
フランス、アミアンの宿屋。この宿屋に、放蕩貴族のギヨーは友人のブレティニや高級娼婦達と食事をしに立ち寄る。しかし、宿屋の主人がなかなか食事を運んでこないので腹を立てている。漸く食卓が整ったところに、1台の馬車が到着し、ブルジョワ達の群衆の中からマノンが降り立つ。マノンはその享楽的性格から修道院に入れられることになっていたが、彼女自身はその運命を既に諦めていた。マノンは、迎えに来た従兄レスコーに対して、この心情を表すアリア「私はまだぼうっとしています」を歌う。マノンの美しさに目を奪われたギヨーは、金と身分にものを言わせてマノンを連れて帰ろうとするが、レスコーに阻まれる。レスコーはマノンに節操を守るように説教し、自らは友人達と賭け事をするためその場から離れる。そこに、父の元へ向かおうとしていた騎士デ・グリューが登場し、マノンの美しさに目を奪われる。ためらいがちにマノンに話しかけたデ・グリューは、マノンの修道院入りの話を聞くと、それを思いとどまらせて、2人でパリに行くことを提案し、マノンも同意。2人は憧れの街パリへ逃れる。(以下、楽譜上省略可能)そこに登場したギヨーとレスコーはマノンが駈落ちしたことに怒り、集まった群衆はまんまとしてやられた2人を笑い飛ばす。
第2幕
パリ、ヴィヴィエンヌ通りのデ・グリューとマノンの家。2人は、貧しくとも愛情に満ちた生活を送り、デ・グリューは、マノンとの結婚の許しを求める手紙を父に記す。そこへ突然、マノンを我が物にしようとするブレティニと、彼に買収されたレスコーが現れる。レスコーはデ・グリューとマノンとの仲を認めたふりをし、デ・グリューが書いた手紙を満足げに読み上げる。その間にマノンはブレティニーから「貧しい生活とおさらばして、贅沢な暮らしをしよう」と誘惑され、さらにデ・グリューがその夜実家に連れ戻されることになっていることを知らされる。奢侈を求めるマノンは葛藤を抱えながらも、デ・グリューとの別れを決意。ブレティニとレスコーが一旦その場から離れ、デ・グリューは手紙を出すために不在にする。彼女はアリア「さよなら、私たちの小さなテーブルよ」を歌う。デ・グリューが帰宅すると、マノンが泣いている。彼は、その涙の理由が分からず、アリア「夢の歌」を歌い、彼女を慰める。そこへ父親の配下が現れ、デ・グリューを連れ去ってしまう。マノンは窓辺に駆けより、「私の可哀想な騎士さん!」と絶叫する。
第3幕
第1場
祭りで賑わうクール・ラ・レーヌ。ブレティニの目を盗んで、レスコーと3人の高級娼婦たちが遊びに繰り出している。そこへ女王然として登場したマノンは、その美しさを群衆に讃えられる。ブレティニは、ギヨーの「自分からマノンを奪わないでほしい」との懇願を退け、金に物を言わせてオペラ座のバレエ団を呼び寄せ、マノンを誘惑する。マノンはここで群集を前にアリア「私は全ての道を歩く」、「甘い愛に誘う声に従いましょう」を歌う。ここで現れたデ・グリューの父親、伯爵とブレティニの会話から、デ・グリューがサン・シュルピスの神学校にいることを知ったマノンは、友人の話とごまかしつつ、デ・グリューが自らのことを愛しているか尋ねるが、伯爵はデ・グリューがマノンのことを既に忘れていると述べ、マノンは衝撃を受ける。マノンはバレエもろくに見ず、デ・グリューの元へ向かうためその場を立ち去る。
第2場
サン・シュルピス大聖堂。デ・グリューはマノンとの思いを断ち切るために信仰に身を捧げることにした。だが、マノンへの思いは断ち切りがたくアリア「消え去れ、優しい幻影よ」を歌う。そこへマノンが登場。それに驚くデ・グリュー。彼はマノンのかつてのよりを戻す願いに耳を貸そうとしない。しかし、マノンが「あなたの手を握ったことを思い出してください」という「誘惑のアリア」を歌うと、心が溶かされてしまう。
第4幕
賭博場ホテル・トランスシルヴァニ。共同生活を再開したマノンとデ・グリューであったが、マノンの相変わらずの享楽的な生活は変わらない。そのためデ・グリューは亡き母の遺産をとうとう使い果たしてしまう。マノンはデ・グリューに賭博で金を稼ぐことを提案し、ためらう彼をホテル・トランシルバニアの賭博場に連れ出す。そこにはギヨーがいて両者は賭博で対決。幸運にもデ・グリューは賭博でもギヨーに勝利するが、それに腹を立てたギヨーはデ・グリューがいかさまをしたとでっち上げる。2人は哀れ、警察に逮捕される。
第5幕
ル・アーブルへの道中。捉われの身となったマノンとデ・グリューであったが、デ・グリューは父親の力添えで自由の身となる。しかし、マノンは売春婦としてアメリカに売り飛ばされることになった。マノンの奪還を試みるデ・グリューであったが、レスコーから「兵が集まらなかった」と聞かされ愕然とする。マノンの奪還が絶望的となり落胆するデ・グリュー。それに同情したレスコーは流刑船の関係者を買収し、両者の逢瀬の場を用意する。果たして。マノンとデ・グリューの逢瀬は実現したが、マノンは衰弱して明日とも知れぬ命であった。2人は熱い抱擁を交わし、変わらぬ愛を確かめ合うが、マノンは将に息絶えようとしていた。デ・グリューは「この手を握ったわが手を思いだせ」と叫びマノンを励ますが、マノンは空しく息絶える。
主な録音・録画
脚注
- ^ 『新グローヴ オペラ事典』P671
- ^ 『オックスフォードオペラ大事典』P648
- ^ 『最新名曲解説全集 第19巻』P371
- ^ 『新グローヴ オペラ事典』P672
- ^ 『新グローヴ オペラ事典』P673
参考文献
外部リンク