ニンスン (英:Ninsun またはNinsumun 、楔形文字: 𒀭𒊩𒌆𒄢 dNIN .SUMUN 2; シュメール語 : Nin-sumun(ak) 「野生の牛の女」 の意味)はメソポタミアの女神。英雄ギルガメシュ の母であり、伝説の王ルガルバンダ の妻で、ギルガメシュ叙事詩 の登場人物。ウルク と関係のある女神だが、ニップル やウル などの古代メソポタミア の他の都市でも崇拝されていた。主な崇拝の中心地に集落の KI.KALki がある 。
ニンスンのギルガメシュへの関与の程度は、叙事詩 のバージョンによって異なる。「標準版」では息子が見た夢を解釈して助言し、太陽神シャマシュ にはギルガメシュを守るように請願、エンキドゥ を家族の一員として受け入れた。
古バビロニア語版では彼女の役割は限定的で、シャムハト によって簡単に言及されているだけであり、ヒッタイト語 の翻訳では完全に省略されている。ニンスンはギルガメシュと天の牡牛 などの古いシュメールの詩や、ルガルバンダとの最初の出会いとその結婚を説明する初期の神話にも登場している。
ウル第三王朝 の王たちは、ニンスンを彼らの神聖な母親と見なし、ギルガメシュは彼らの兄弟と見なして、メソポタミアを支配する彼らの主張を正当化していた可能性が高い。ウル・ナンム とシュルギ はどちらも、この女神への個人的な献身を証明する碑文を残している。単独の証拠のみで知られるある王子は、その名にあやかりプズル・ニンスンを名乗っていた。
神のリストアン=アヌム (英語版 ) は、ギルガメシュとは別にニンスンとその夫ルガルバンダの何人かの子供について言及している。まばらに残された記述によれば、ニンスンを死にゆく神ドゥムジ の母親と見なし、通常母親とされるドゥトゥル (英語版 ) と矛盾が生じている。ニンスンはまた習合した賛美歌において、医学の女神グラ (英語版 ) と同一視されてもいる。
性質
ニンスンの名前は d NIN .GULと表記された。楔形文字 の記号GULは、楔形文字の語彙集 (英語版 ) によればシュメール 語のsun あるいはsumun に対応し、その意味はどちらも「野生の牛」である。 そのため当初「野生の牛女」と解釈されたが、古代の文書においては属格 の「野生の牛の女」と解釈される。 ニンスンにはしばしば牛の例えが用いられ、ギルガメシュ叙事詩の ある箇所ではアッカド語 の形容詞リマト・ニンスン(野生の牛ニンスン)と呼ばれている。
ラガシュ の文書では、ニンスン はラマ (英語版 ) と呼ばれることもある。 この場合、ラマ はおそらく神の役目、つまり信者に長く豊かな人生を与える立場を表す名称と理解される。 「ラマ・ニンスムナ」は通常、女神ラマが守護対象の後ろを歩いていると説明されるが、ルガルバンダ の手首をつかみ導いているとも解釈できる。 場合によっては、ニンスンが王にラマを授けると信じられていた可能性もある。
ウルニンギルスの碑文ではニンスンを女神ラマシャガと同一視しており、通常は女神バウ (英語版 ) のスッカル (英語版 ) (崇拝者と神を仲介する神)と見なされている。 クラウス・ヴィルケは、この場合、ラマシャガという名前は説明的な形容詞として理解されるべきだと主張している。
ギルガメシュ叙事詩 の古バビロニア 語版いわゆる「ペンシルベニア書板」では、ニンスンが夢の解釈が可能であると信じられていたことがうかがえる。
ウル第三王朝 の王とラガシュのグデア は、ニンスンを彼らの神聖な母親と見なしていた。 しかし、ニンスンがアルルやニンフルサグ のような母なる女神と見なされていたという証拠はない。
他の神々との関係
ニンスンの親が誰かは不明であり、彼女の結婚についての神話では、アヌンナキ の神々が花嫁の両親の役割を果たしているようである。 ニンスンの夫はウルク の伝説の王ルガルバンダ であり 、彼らはアン=アヌムの前身であるWeidner、 神のリストであるアン=アヌム (英語版 ) 、および標準のシュメール語の字句リストを含む複数の文書に共に登場する。 しかし、マリ ではニンスンはルガルバンダなしのリストで記されている。
ニンスンは、シュメール語の詩で示される通り英雄ギルガメシュ の母親と見なされてきた。 彼女は、ギルガメシュ叙事詩の さまざまなバージョンでこの役割を一貫して担っている。 ギルガメシュの父について古バビロニア版では言及されておらず、伝統的に明かされないままでいた。たとえば、王のリストではただ父親を「ファントム」( líl-lá )と呼んでいる。しかし、ニンスンとのそれまでの関連性のため、ルガルバンダはメソポタミアの英雄の父として広く受け入れられ 、マトックの詩 などの他の文書でその描写が見られる 。ニンスンが女神ではなく死すべき女性として捉えられていた証拠はなく、ギルガメシュとエンキドゥと冥界 でのギルガメシュの亡くなった母親への言及は、ギルガメシュの生い立ちとは無関係の可能性も高い。
神のリストアン=アヌム は、ニンスンとルガルバンダの子供と見なされる10人の神も挙げている。その中の最初の神であるŠilamkurraという女神は、セレウコス朝 のウルクで崇拝されていた 。そこで彼女はウスラマス (英語版 ) 、ニンインマ (英語版 ) 、その他未知のニヌルブと共に儀式の文書に登場する。 アン=アヌム においてギルガメシュはニンスンやその家族とは別の文書に書かれ、おそらくエンキドゥ と共に登場するが、その名前の復元は不鮮明である。 ニンスンのスッカル(付き添いの神)は、ルガルバンダのスッカルであるルガヘガルの後に示されるが、文書の保存状態のため完全に復元することはできていない。 Richard L. Litkeによると、名前はルガル (英語版 ) で始まりan-na で終わるが、これら2つの間に存在するもう1つの記号は残っていない。
古バビロニア時代の早期に、ニンスンはワイドナーの神のリストなど神学的な文書でグラ (英語版 ) と同一視されている可能性がある。 2柱の女神の関連はブルサラビ(Bulluṭsa-rabi)によるグラ賛美歌に も存在し、これはこれは、ニンイシンナ (英語版 ) 、ニンカラク (英語版 ) 、ナンシェ (英語版 ) 、ニニギジバラ (英語版 ) など他の多くの女神を特定した。 ジョアン・グッドニック・ウェステンホルツ (英語版 ) は、異なる医術の女神にシンクレティズム が起こることは珍しくはないが、この文書のニンスンの存在は彼女を別の同様の神として再解釈するのではなく、彼女の本来の性質に関する情報を特に保持するためだと述べている。 ニンスンとグラのそれぞれの夫、ルガルバンダとニヌルタ の間にも同様の考えが出されているが 、おそらく二次的であり、ニヌルタがギルガメシュの父親と呼ばれたという証拠はない。
ニンスンはまた、ドゥムジ の母親であるドゥトゥル (英語版 ) とも同一視されている。これは、マンフレッド・クレベルニクによれば、トーキル・ヤコブセン (英語版 ) が最初に提案したように、ドゥトゥルは羊に限らず一般的に家畜に関連する女神と見なされていた可能性が高いことを示している。 この仮説はドゥムジ、ダム (英語版 ) 、ギルガメシュを兄弟と呼んだウル第三王朝 の王との関係を反映した結果であった可能性もある。 ディナ・カッツは、王のリストに影響を受けたものと考えている。このリストでは漁師のドゥムジ (英語版 ) (ドゥムジ神とは異なる人物)がルガルバンダとギルガメシュの間に記されているが、ルガルバンダの息子としてラベル付けされてはいない。 少なくとも1つの例では、ドゥムジはニンスンとルガルバンダの息子と呼ばれている。 ドゥムジとニンスンの関係はウトゥ・ヘガル の碑文にも存在し、ニンスンの息子と呼ばれるギルガメシュは、ドゥムジを廷吏 として割り当てている。
崇拝
ウル・ナンム による、ウルのニンスン神殿へ奉納された書板。「彼の女性ニンスンのために、強大な男ウル・ナンム、ウルの王でありシュメールとアッカドの王が彼女の神殿を建てた」ニンスンは「あらゆる時代で有名な女神」として特徴付けられている。 彼女はファラ とアブサラビク (英語版 ) の初期王朝時代 (英語版 ) の神のリストにすでに記されている。 ニンスンの主な信仰の中心はKI.KALki だったが、ラガシュ 、ニップル 、ウル 、ウルク 、クアラ、ウンマ などの都市でも崇拝されていた。 ウル・ナンム の碑文に示されるように、彼女のエ(神殿) (英語版 ) はウルに存在し、この支配者によって再建されE-mah(高貴な家)という名が付けられた。 E-gula(大きな家)として知られる彼女の寺院もあるが、その場所は既知の文書には明記されておらず、同じ名がメソポタミアの他の多くの礼拝所にも適用された。 ギルガメシュ叙事詩の 「標準バビロニア」版では、エガルマ(高貴な宮殿)はウルクのニンスンの神殿であるとされているが、シーン・カーシッド の碑文は元々はニニシナ (英語版 ) の神殿であったことを示している。一方、紀元前1千年紀の文書では、そこで崇拝されていた神はグラ (英語版 ) と密接に関連したBelet-balatiとされる。 シーン・カーシッドはまた、ルガルバンダとニンスンの寺院を建設し 、「家、貴重な場所」という意味のE-Kikalと名付けた。
グデア の碑文は、ニンスンを神聖な母親として扱っている。 しかし、ナンシェ (英語版 ) やガトゥムダグ (英語版 ) をそのように呼んだ場合もある。 ウル第三王朝の 王たちもまた、ニンスンを彼らの神聖な母親と表現した。 たとえば、ウル・ナンムの死では ニンスンはその名を冠した王の死を悼み、母親として演説している。 さらに、統治者はギルガメシュを彼らの神聖な兄弟として扱い、ウル・ナンムの後継者シュルギはルガルバンダを彼の神聖な父と呼んだ。 この王の娘の一人がニンスン の巫女を務めた可能性もある。 ニンスンとのつながりを主張することは彼らの支配を正当化する方法と見なされたが、王朝がウルクに起源を持つと示すためか、ギルガメシュを王権のモデルとしていたためかは不明である。 王に加えて、彼らの家族によるニンスンの崇拝も見られる。シュルギの妾であるシュクルトゥムは、花瓶の呪いの言葉でニンスンを「私の女神」と呼んでいた。 プズル=ニンスンという授かった名前 (英語版 ) をもつ王子(ドゥム・ルガル )も知られているが、彼の生涯についての詳細は現在知られておらず、存在を証明するプズリシュ=ダガン (英語版 ) の粘土板には日付がない。
ニンスンは後期も崇拝され続けた。彼女への言及は古バビロニアの私的な手紙に散見される。 シッパル の円筒印章 の碑文では、ニンスンとルガルバンダはシャマシュ とアヤ (英語版 ) 、アダド とシャラ などの人気のある神の夫婦よりも一般的ではないが、エンリル とニンリル またはナンナ とニンガル らと同等の頻度で登場する。 ニンスンはカッシート時代 の印章の碑文にも引き続き登場している。
セレウコス朝 のウルクでは、ニンスンはイシュタル の新年祭で祝われた。 祭に関与する神々のほとんどは、ウルクの神々としてよく知られていた。これは類似のアントゥ の祭りで祝われた別のグループとは対照的である。
神話
アブ・サラビク (英語版 ) の初期王朝時代 (英語版 ) の神話には、ニンスンとルガルバンダの最初の出会いと結婚についてのものがある。 不完全な写しが1つしか残っていないため、文書の翻訳と研究は特に難しいと見なされている。 残った断片の中で、ニンスンはルガルバンダにビールのパンを提供し、後にエラム の山岳地帯であるイリアザで彼と一緒に夜を過ごす。 目覚めた後、彼女は封のされた粘土板 を受け取り、それを読んだ後、ルガルバンダに彼女と一緒にウルクに行き、街のエン (支配者)を訪ねるように促す。 彼らがウルクに到着すると、女神イナンナ がルガルバンダに対し、結婚の許可をニンスンの父に求めるよう指示しているようである。 結末は不確かであるが、ヤン・リスマンは最後の部分で、ルガルバンダが自分の親戚とニンスンの家族の両方を結婚式に招待する内容が含まれると考えている。 この神話はギルガメシュの誕生で最高潮に達したと主張されてきたが、その内容は確認されていない。
ニンスンは、シュメール語の神話ギルガメシュと天の牡牛 の いくつかの書板にも登場する。 彼女は息子に、イナンナの提案や贈り物を拒否するように忠告している。
ギルガメシュ叙事詩 の古バビロニア語版では、同名の英雄がニンスンに対し、エンキドゥ の存在を予告する彼の夢を解釈するよう依頼する。 初期の版にこの場面はないが、シャムハトからエンキドゥにニンスンの存在が言及されている。 ニンスンは、ギルガメシュとエンキドゥが親しい関係になると予測しており(アンドリュー・R・ジョージによれば彼らは恋人になる) 、これはその後の決闘の末に実現する。
「標準バビロニア語」版では、英雄は後にウルクのニンスンの神殿を訪問する。 彼女は彼を待つ運命を知っているにもかかわらず、息子のためにシャマシュ に祈る。 彼女はまた、シャマシュの妻アヤ (英語版 ) にギルガメシュに介入するように頼んだ。 彼女はシャマシュを説得し、ギルガメシュが杉の森に向かう途中で彼を助けるための13の風を与えた。 ある時点で、ニンスンはギルガメシュがニンギシュジダ (英語版 ) やイルニナ (英語版 ) などの神々と共に冥界に住む運命にあることを認めている。 最終行は破損しているが、ニンスンはギルガメシュが遠い土地へ旅をする責任をシャマシュへ負わせているようであり、したがってシャマシュがギルガメシュを助けることを期待している。
全体として、後のバージョンはニンスンの役割を拡大し 、古バビロニア版と同様ギルガメシュは母親の介入なしにシャマシュに祈る。 ニンスンと夢の場面は、ハットゥシャからのギルガメシュ叙事詩の ヒッタイト語 訳には存在しない。
シャマシュへの祈りを終えた後、ニンスンはエンキドゥと会うことに決め、彼を息子と同等の家族の一員であると宣言する。 この場面は従来、養子縁組 を表すものとして解釈されてきた。 類似の描写が古バビロニア版に存在した証拠はない。 アンドリュー・R・ジョージは、新バビロニア から知られている慣習とその後のウルクの文書を反映していると解釈している。一方で捨て子や孤児は神殿で育ったが、彼らの保護者はニンスンではなく匿名の「エアンナの娘」である。 ネイサン・ワッサーマンは、エンキドゥを受け入れることで、エンキドゥのギルガメシュとウルクへの忠誠を、ニンスンが保証したという別の解釈を提案した。 彼は、フンババ との対決中のエンキドゥの行動は、ニンスンの受け入れを高く評価したことを示すものだと主張している 。エンキドゥはギルガメシュにフンババの嘆願を無視するように言っているようであり、それはフンババがエンキドゥを家族のいない存在として嘲笑したためである。
脚注
参考文献
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