シドンのアンティパトロス

シドンのアンティパトロス古代ギリシア語: Ἀντίπατρος ὁ ΣιδώνιοςAntipatros ho Sidonios、紀元前2世紀後半-前1世紀初)は、古代ギリシアのエピグラム詩人である[注釈 1]フェニキアシドンに生まれた[1]。彼の詩作品は『ギリシア詞華集』(Greek Anthology)に収められており[注釈 2]、美術や文学への言及(作品喚起エピグラム)と幾つかのエピタフ(墓碑銘)が含まれる。しかし、『詞華集』においては、彼と、彼より1世紀後に生きたテッサロニケのアンティパトロスのあいだで混同が見られるようである。

概説

アンティパトロスはフェニキア派を代表する重要な詩人と考えられ、68編の哀悼と奉献のエピグラム詩の作者で、作品は『パラティン詞華集』・『ギリシア詞華集』に収録されている[注釈 3]。これらのなかの1編は、紀元前146年の共和政ローマによるコリントスの破壊を扱っている[3] 。彼はまた、サッポーに献げるエピタフを書いたが、詩において、サッポーが長寿をまっとうして故郷の地に埋葬されたと述べている。

修辞学の訓練を受けたアンティパトロスは、彼が手本としたエピグラム詩人タレントゥムのレオニダスを巧みに模倣している。彼のギリシア語はドーリス方言の特徴を多数備えていた。

キケロは、アンテパトロスが晩年ローマに居住しており、紀元前102年のローマ執政官であったクィントゥス・ルタティウス・カトゥルスが彼を、流暢な即興詩人として知っていたことを記している[注釈 4]。彼は自身もエピグラム詩人であったカトゥルスに影響を与えた[4][5]。キケロはまた彼を評して、卓越したエピグラム詩人であるが、ときにあまりにも模倣を好みすぎたと述べている[6]

世界の七景観のエピグラム

アンティパトロスは、ビザンティウムのフィロン[注釈 5]ストラボンヘロドトス、そしてシケリアのディオドロスなどと共に、古代世界の七不思議の一覧に関連付けられている。紀元前140年頃に造った詩において、彼は次のようにうたっている[7][注釈 6]。最後の三つのラインにおいて、アルテミス神殿をとりわけ取り上げ称賛している[8]

わたしはかつて、チャリオットがその上で走ったであろう、難攻不落のバビロンの城壁を眺め遣った。またアルペイオス河の堤の傍らゼウスの像を眺めた。わたしは空に懸かる庭園を、またヘーリオス神の巨像を、偉大なる人工の山、聳立するピラミッドを、そしてマウソロスの巨大な霊廟を観た。しかし、雲に聳えるアルテミスの聖なる宮居を観たとき、他のものは陰に隠れて問題外となった。太陽神ヘーリオス自身でさえ、荘厳なるオリュンポス以外の場所で、かようなものを見たことがないだろうから。[注釈 7] — ギリシア詞華集(Greek Anthology, 原文古代ギリシア語)IX.58

作品

  • 『エピグラフ』

脚注

注釈

  1. ^ epigram(エピグラム)は現代の英語などの用法では、「風刺」や「警句」の意味を持つ短い句などであるが、古代ギリシアのエピグラムは、風刺とか警句のような目的で書かれていない。詠嘆や思いを、短い詩の形で表現したものである。例えば、シモーニデースのテルモピュライの戦死者に献げるエピグラムは、「見知らぬ人よ、ラケダイモーンの国の人たちに伝えてほしい、貴方たちの言葉に従い、我々はここに横たわる」というような意味であるが、これは風刺とか警句などではなく、詠嘆と称賛の言葉である。「世界の七景観」について述べたアンティパトロスのエピグラムも、「世のなかには、このような驚くべきものがある」という驚異や称賛の思いを記したものである。
  2. ^ もともとは、メレアグロスの『花冠』に収められていた。
  3. ^ 『ギリシア詞華集』(Anthologia Graeca)は、10世紀頃のビュザンティンのコンスタンティノス・ケファラースが編集した詞華集、すなわち『パラティン詞華集』を元に、14世紀初頭のマクシモス・プラヌーデースが編集した詞華集『プラヌデス詞華集』に含まれる詩を加えて編纂したものである。従って、『パラティン詞華集』に含まれる詩はすべて、『ギリシア詞華集』に含まれていることになる。『プラヌデス詞華集』は『パラティン詞華集』が元になっているが、編集がいささか杜撰である。しかし『パラティン詞華集』には含まれていない作品が載っており、この追加分を合わせて編纂したのが、『ギリシア詞華集』である[2]
  4. ^ 英語版の記事では、現時点で、彼は 「Crassus and Catullus と同時代にローマに居住していた、とキケロは述べている」とあり、この Crassus にリンクが付いて、三頭政治の立役者の一人、マルクス・リキニウス・クラッススにつながっている。しかしドイツ語版では、この著名な「クラッスス」への言及はなく、カトゥルスだけが上げられており、このカトゥルスは、前102年の執政官であったと記している。年代的に、アンティパトロスは前100年頃に亡くなったとされており、彼は前3世紀半ばから前2世紀初の人物であるので、三頭政治のクラッススの同時代人であったというのはおかしい。ドイツ語版が正しいように思える。
  5. ^ ビザンティウムのフィロンは、発明家のフィロンと七つの景観・驚異について記したフィロンのあいだで混同があるが、二人は別人である。七つの景観の詩人の方が、発明家のフィロンよりも、後の人と考えられる。
  6. ^ このエピグラム詩の作者は、テッサロニケのアンティパトロスであるという説もある。
  7. ^ これは、英語訳を元にする重訳で、原文の古代ギリシア語では、比較的短く簡潔な八行の詩である。最初の五行で、六件の驚異を述べ、残りの三行で、アルテミス神殿の壮麗な驚異を述べている。[9]

出典

  1. ^ "Antipater, un poète de Sidon, en Phénicie", s'est inspiré de la liste des sept merveilles du monde composée en 240 av J.-C., par Callimaque de Cyrène, http://www.lexpress.fr/informations/le-grand-puzzle-des-sept-merveilles_595544.html 2020年6月30日閲覧
  2. ^ 沓掛 1994年、p.262。
  3. ^ 『ギリシア詞華集』9巻151章。
  4. ^ Hornblower, Simon; Spawforth, Anthony, eds. The Oxford Classical Ductionary 2003, Oxford university press, p.111.
  5. ^ Cicero, De Oratore. III. 194
  6. ^ Cicero, De Oratore, III, 50 and de Fato, 2
  7. ^ 『ギリシア詞華集』IX巻58章。
  8. ^ Kai Brodersen: The Seven Wonders of the World . C. H. Beck, Munich 1996, ISBN 3-406-40329-8, pp. 10f.
  9. ^ ギリシア語原文『ギリシア詞華集』第9巻58章

参考文献

  • Jean-Claude Polet, Patrimoine littéraire européen, v. II, De Boeck Université, 1992. (フランス語)
  • Rolf Toman, Barbara Borngasser, and Achim Bednorz, "History of Architecture: From Classic to Contemporary". New York: Parragon, [n.d.]
  • Doris Meyer: Antipatros von Sidon. In: Bernhard Zimmermann, Antonios Rengakos (Hrsg.): Handbuch der griechischen Literatur der Antike. Band 2: Die Literatur der klassischen und hellenistischen Zeit. C. H. Beck, München 2014, ISBN 978-3-406-61818-5, S. 269–271
  • Enzo Degani: Antipatros [8]. In: Der Neue Pauly (DNP). Band 1, Metzler, Stuttgart 1996, ISBN 3-476-01471-1, Sp. 778 f.
  • Richard Reitzenstein: Antipatros 22. In: Paulys Realencyclopädie der classischen Altertumswissenschaft (RE). Band I,2, Stuttgart 1894, Sp. 2513 f. (veraltet).
  • Joachim Penzel: Variation und Imitation: ein literarischer Kommentar zu den Epigrammen des Antipater von Sidon und des Archias von Antiocheia (= BAC 71). Wissenschaftlicher Verlag, Trier 2006, ISBN 978-3-88476-871-6 (Griechisch/deutsch).
  • Hornblower, Simon; Spawforth, Anthony, eds. The Oxford Classical Ductionary 2003, Oxford university press
  • 沓掛良彦編訳『ピエリアの薔薇-ギリシア詞華集選』株式会社平凡社《平凡社ライブラリー》、1994年8月15日、ISBN 4-582-76067-8

外部リンク

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