イベントループ (event loop)、メッセージディスパッチャ (message dispatcher)、メッセージループ (message loop)、メッセージポンプ (message pump)、ランループ (run loop) とは、プログラム内でイベントやメッセージを待ち受け、それらをディスパッチ(配送)する構成要素である。内部または外部の「イベントプロバイダー」(通常、イベントが到着するまで要求をブロックする)に要求することで動作し、次いで適当なイベントハンドラー (event handler) を呼び出す(イベントのディスパッチ)。イベントプロバイダーが後述のファイルインタフェースに従う場合、イベントループは reactor と連携する形で使われることがあり、select()
または poll()
を使ってファイルインタフェースにアクセスする。イベントループはほぼ常にメッセージの発信元とは非同期に動作する。
イベントループはプログラムの中心的制御構造となっていることが多い。そのためそれをメインループ (main loop) またはメインイベントループ (main event loop) とも呼ぶ。そのようなプログラムではイベントループが最上位の制御構造となっており、そのため「メイン」と名づけられている。
メッセージパッシング
メッセージポンプという呼称は、プログラムのメッセージキュー(通常OSが割り当て、OSが所有する)からメッセージを汲み上げ、そのプログラム内で処理することに由来する。厳密には、イベントループはプロセス間通信の実装法の1つである。実のところメッセージ処理は多くのシステムに存在し、例えばMachのカーネルレベルのコンポーネントにもある。イベントループはメッセージを使用するシステムの実装技法の1つである。
代替手法
この手法は以下のような他の手法とは対照的である:
- 古くからある、単純に一回動作して終了するプログラム。この種のプログラムは情報処理の最初期からあり、ユーザーとの対話手段を持たない。現在も主にCUI指向のプログラムでよく使われている。各種パラメータを指定して起動される。
- メニュー駆動型設計。この場合も一種のメインループは存在するが、ユーザーから見てイベント駆動的ではない。イベント駆動の代わりとして、階層型のメニューを順次選択していって、希望する動作を指定する。このメニューを通した限定的な対話性がある。
例
GUIが主流となったため、多くのアプリケーションがメインループを持つようになった。get_next_message()
というルーチンは一般にOSが提供するもので、メッセージが到着するまでブロックされる。したがってこのループが動作するのは処理すべきものが存在する場合だけである。
function main
initialize()
while message != quit
message := get_next_message()
process_message(message)
end while
end function
ファイルインタフェース
UNIXでは「あらゆるものはファイルである」というパラダイムにより、ファイルベースのイベントループが自然に生まれた。ファイルの読み書きだけでなく、プロセス間通信、ネットワーク通信、デバイス制御が全てファイルI/Oで行われ、対象はファイル記述子で指定される。selectおよびpollシステムコールを使えば、複数のファイル記述子の状態変化を同時に監視でき、読み込むべきデータが到着したことを検知できる。
例として、継続的に更新されるファイルから読み込んでその内容を X Window System に表示するPythonプログラムを示す。クライアントとはソケットを通じて通信する。
main():
file_fd = open ("logfile")
x_fd = open_display ()
construct_interface ()
while changed_fds = select ({file_fd, x_fd}):
if file_fd in changed_fds:
data = read_from (file_fd)
append_to_display (data)
send_repaint_message ()
if x_fd in changed_fds:
process_x_messages ()
シグナル処理
UNIXでファイルインタフェースに従わない数少ない例として、非同期イベント(シグナル)がある。シグナルはシグナルハンドラで受信する。シグナルハンドラは小さな制限されたコードであり、それが動作中はプログラム本体の処理はサスペンドされる。select()
でブロック中にシグナルを受信して処理した場合、selectはEINTR
というエラーコードを伴って早期に戻る。プログラムがCPUを使用している間にシグナルを受信すると、シグナルハンドラを実行する間は本体の実行がサスペンドされる。
したがってシグナルを考慮するには、シグナルハンドラで大域変数のフラグをセットし、イベントループのselect()
呼び出しの直前と直後でそのフラグをチェックすればよい。フラグがセットされていたら、ファイル記述子でのイベントと同様にシグナルを処理する。しかしながら、この技法では競合状態が生じる。フラグのチェックとselect()
呼び出しの間にシグナルが到着した場合、select()
が他の理由で戻るまでシグナルを処理できない。
この問題を解決するため、POSIXではpselectシステムコールを提供している。これはselectに似ているがsigmask
という引数が追加されており、シグナルのマスクを設定できる。これを使えば、普段はシグナルをマスクしておき、selectを呼び出している間だけマスクを解除することができる。すると、シグナルは select がイベントを待ち受けている間だけ受信されることになる。ただし、pselect()
が利用可能となったのは比較的最近のことで、たとえばLinuxの場合、Linuxカーネルのバージョン2.6.16より以前の版ではpselect()
システムコールは実装されておらず、glibcでは競合状態の問題をはらんだ実装がなされていた。
より汎用的な代替技法として、非同期イベントをself-pipe trickと呼ばれる技法でファイルベースのイベントに変換してやる技法がある[1]。これはシグナルハンドラでパイプに1バイトを書き込み、そのパイプのもう一方の端を主プログラムがselectで監視するという技法である[2]。Linuxカーネル 2.6.22では、signalfd()
という新システムコールが追加された。これはシグナル受信用の特別なファイル記述子を生成する。
実装例
Windowsアプリケーション
Windowsにてユーザーとやりとりするプロセスを動作させる場合、イベントに応答するためのメッセージループが必須である。Windowsではイベントとメッセージは同等視される[注釈 1]。イベントとしては、ユーザーとのやりとり、ネットワークのトラフィック、システム処理、タイマー、プロセス間通信などがある。対話型でないI/Oのみのイベントについては、I/O完了ポート(英語版)がある。I/O完了ポートのループはメッセージループとは別に動作し、メッセージループと相互作用することがない。
大抵のWin32アプリケーションの「心臓部」はWinMain()
[3]関数であり、ループ内でGetMessage()
を呼び出す。GetMessage()
はメッセージまたは「イベント」を受信するまでブロックする。何らかの選択的処理の後DispatchMessage()
を呼び出し、対応するハンドラー用のコールバック関数 (ウィンドウプロシージャ[4]: WindowProc) にメッセージをディスパッチする。専用のウィンドウプロシージャのないメッセージはDefWindowProc()
というデフォルトのハンドラーにディスパッチする。RegisterClass()
でウィンドウクラスを登録する際にウィンドウプロシージャの関数ポインタを指定することができ、DispatchMessage()
はメッセージの送信先ウィンドウハンドル (HWND
) に対応するウィンドウプロシージャを呼び出す。
以下はMicrosoft Docs (旧MSDNライブラリ) に記載されている、メッセージループの実装例のひとつである[5]:
MSG msg;
BOOL bRet;
while ((bRet = GetMessage(&msg, NULL, 0, 0)) != 0)
{
if (bRet == -1)
{
// handle the error and possibly exit
}
else
{
TranslateMessage(&msg);
DispatchMessage(&msg);
}
}
そのほか、ブロッキングせずにメッセージキューからメッセージを読み取るPeekMessage()
[6]を使う方法もある。
メッセージの順序性
より最近[いつ?]のWindowsでは、システムや周辺機器が受信した順序でメッセージループにメッセージが到達することを保証している。これはマルチスレッドアプリケーションの設計で必須となる。
ただし、一部のメッセージには異なる規則が適用され、常に最後に受信されるメッセージや文書化された特別な優先順位で受信されるメッセージがある[7]。
フレームワーク
MFC、Windows Forms、WPFといったアプリケーションフレームワークでは、ライブラリ側で既定のメッセージループの実装を持っているため、通常はアプリケーションコードで明示的に記述する必要はない。アプリケーションで必要となるイベントハンドラーのみを記述していく「イベント駆動型プログラミング」のスタイルを用いて効率的に開発できる。ただし、必要に応じてメッセージループを詳細にカスタマイズしたり[8]、異なるフレームワークを相互運用したりするためのAPIも用意されている[9][10]。
Xlibのイベントループ
Xlibを直接使用するXアプリケーションは、XNextEvent
ファミリの関数を中心に構築される。XNextEvent
はイベントキューにイベントが到着するまでブロックし、イベントを受け取ると即座にアプリケーションが適切にそれを処理する。Xlibのイベントループが扱うのはウィンドウシステムのイベントのみである。他のファイルやデバイスについても待ち受ける必要がある場合は ConnectionNumber
などのプリミティブからイベントループを自前で構築する必要があるが、一般にマルチスレッドを採用することが多い。
Xlibを直接使用するプログラムは少ない。より一般的にはXlib上に構築されたGUIツールキットを使用する。例えば、X Toolkit Intrinsics (Xt) 上のツールキットでは XtAppAddInput()
と XtAppAddTimeout()
を使用する。
なお、シグナル受信時の状態が不定であるため、シグナルハンドラからXlib関数を呼び出すのは危険である[11]。
GLibのイベントループ
GLibのイベントループはGTK+(現・GTK)向けに作られたが、今ではD-BusなどのGUI以外のアプリケーションでも使われている。ファイル記述子群で監視したいリソースを指定する。シグナルを受信するかタイムアウトすると、ブロック状態から復帰する。GLibはファイル記述子と子プロセス終了のイベントを組み込みでサポートしているが、prepare-check-dispatch モデルの対象として任意のイベントを加えることが可能である[12]。
GLibのイベントループを使っているアプリケーションライブラリとしては、GStreamerやGnomeVFSの非同期IOメソッド群があるが、最大のクライアントライブラリはGTKである。ウィンドウシステムからのイベント(Xの場合、Xのソケットからの読み込み)はGTK+イベントに変換され、アプリケーションのウィジェットオブジェクト上のGLibシグナルとして発せられる。
macOSのループ
macOSではスレッド毎に1つのCFRunLoopがあり、それに任意個のソース(イベント源)とオブザーバ(ハンドラ)を対応させることができる。そのループがメッセージのキューイングとディスパッチを行い、それを通してソースとオブザーバがやりとりする。
CocoaではCFRunLoopがNSRunLoopに抽象化されており、任意のメッセージをキューイングして任意のオブジェクトにディスパッチできる。
Androidのメッセージループ
Java言語向けのAndroid SDKにおけるアプリケーションフレームワークには、メッセージを表現するandroid.os.Message
クラス[13]、メッセージキューを表現するandroid.os.MessageQueue
クラス[14]、メッセージループの実装であるandroid.os.Looper
クラス[15]、メッセージの送信と処理を担当するandroid.os.Handler
クラス[16]などが用意されている。ただし、Looper.loop()
メソッドの実装に使われているMessageQueue.next()
メソッドなどがAPIとして公開されていないため[17]、メッセージループを独自に実装することはできない。
Android NDKでは、POSIXパイプとALooper
関連API[18]を利用して、ネイティブスレッド上にメッセージループを独自に実装することができる。NativeActivityのサンプルには、ALooper
を利用したメッセージループの実装が含まれている[19]。
脚注
注釈
- ^ Windowsにおける排他制御のためのカーネルオブジェクトのひとつとして「イベント」(Win32イベント)があるが、これはWin32メッセージとは関係ない。
出典
関連項目
外部リンク